展示の概要

これからもこの地球で暮らしていくために、私たちに何ができるのでしょうか。地球環境と暮らしを多角的に見つめ直し、未来のための前向きな一歩を探ります。

安定した気候、多様な生きもの、きれいな水や空気や土。私たちのいのちや暮らしを支える地球の環境が今、危機に直面しています。この展示では、すでに気候変動の危機にさらされている地域の人々の暮らしを体感し、急激に変化する地球環境の今を科学的なデータにもとづいて捉えます。そして私たちの暮らしがさまざまな環境問題を引き起こしている現状を理解していきます。
これからもこの地球で暮らすためにヒントとなるさまざまな取り組みに触れながら、これからの暮らしについて考えてみましょう。
体験できる場所
5階(世界をさぐる)
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「プラネタリー・クライシス」の展示空間
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「プラネタリー・クライシス」ゾーン1の様子
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「プラネタリー・クライシス」の展示空間

晴れたり雨が降ったり、気温が上がったり下がったり、常に変化し続ける大気の状態のことを天気(気象)と呼びますが、この天気を長期間にわたって平均したものが一般的に気候と呼ばれます。例えば、ある場所のある時期の天気は年によって違いますが、平均することでばらつきが消えて、もっとも起こりやすい天気が分かるようになります。天気予報の「気温は平年並み」や「雨が平年より多い」といったときの「平年」と同じ考え方で、過去30年間以上の平均でみることが一般的です。同じ夏でも北国と南国では暑さが違うように、気候は緯度や地形、海流などによって左右されます。現在、人類がこれまで経験したことのないようなスピードで気候が変わっていることが問題になっています。

日本では約7000年前の縄文時代に海面の水位が高くなり、その後、低下したことが知られています。「縄文海進」と呼ばれる現象で、内陸部の貝塚など各地に痕跡が見つかっています。このときの海面上昇は、約2万年前に氷期のピークが過ぎて、北半球の陸地を覆っていた巨大な氷床がとけだして 海水が増えたことが大きな原因です。縄文時代にもっとも高くなるまでに海面は100メートル以上も上昇しました。しかし、その後に海面が低下したのは、巨大な氷床がふたたびできるほど寒くなったからではありません。海底の下にあるマントルという変形しやすい層が海水の重みで陸地の方に押しやられた結果、陸地が下から押し上げられて起こりました。世界中で同じように起こった現象ではありません。

地球は太陽から降り注いだエネルギーを吸収すると同時に、宇宙空間にエネルギー(赤外線)を放出しています。放出される途中で、一部のエネルギーは大気中にある水蒸気や二酸化炭素などに吸収されて、ふたたび地表に戻ってきます。こうした働きが「温室効果」と呼ばれています。この働きがないと地表の平均気温はマイナス19度ほどになると計算されていますが、実際はプラス15度ほどあります。この温室効果のおかげで私たち生きものが地球で暮らしていける環境が保たれているのです。しかし現在は、人間が出す二酸化炭素などが増えて温室効果が強まりすぎた結果、気温の急上昇が起こっています。ちなみに大気のほとんどが二酸化炭素でできている金星では、強い温室効果によって地表の気温が約460度にも達しています。

宇宙空間に戻っていくエネルギーを吸収して地表を暖めてくれる気体は温室効果ガスと呼ばれ、大気中にいろいろ含まれています。もっとも温室効果が大きいのは水蒸気ですが、気温によって増えたり減ったりするので人間の活動で直接、量が変わるわけではありません。現在の気候変動を止めるためには、水蒸気の次に温室効果の大きい二酸化炭素の排出をなくすことが欠かせません。また家畜のげっぷなどに含まれるメタンや、化学肥料の使用などで出る一酸化二窒素、工場などで使われるフロンは大きな温室効果があるため、国際的に削減の取り組みが進められています。逆に、排ガスや火山ガスが変化してできる微粒子の多くは、気体ではありませんが、太陽のエネルギーをさえぎるので地表を冷やす効果があることが知られています。

人間が二酸化炭素を多く出すようになったのは、200年以上前の産業革命からと言われています。石炭を燃料にする蒸気機関の発明などで大量の化石燃料をエネルギーとして利用するようになったからです。人口の増加にともない農地や住宅地などをつくるために森林破壊が進んだことも原因の一つです(森林は伐採されると、分解などによってやがて二酸化炭素を排出します)。しかし、本当に排出量が急増したのは実は最近数十年のことです。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の推計によると、1850~2019年に世界全体で累積2兆4000億トンもの二酸化炭素が排出されましたが、このうち62%は1970年以降、42%は1990年以降の排出量が占めています。排出を減らすための対策は世界中で進められていますが、世界人口の増加や経済活動の拡大もあり、排出量はいまだに減り始めていません。

コップに浮いた氷がとけても水があふれないように、海に浮かぶ北極の氷はとけても海面上昇にはつながりません。しかしヒマラヤ山脈やグリーンランド、南極など陸上にある氷がとけると海の水が増えるので、海面上昇につながります。この100年あまりで世界平均の海水面は20センチほど上昇していますが、陸上の氷河(グリーンランドや南極の氷河をのぞく)がとけて海に流れこんだ分が海面上昇の原因の41%を占めています。また水は温まると体積が大きくなりますが、こうした熱膨張も原因の38%を占めています。まだ詳しくわかって いませんが、グリーンランドは全部とけるとおよそ7メートル分、南極にもおよそ60メートル分の海面上昇につながる量の氷があると言われていて、一部で氷の減少が始まっています。世界的な海面上昇がどこまで進むかにかかわるため、こうした氷が将来どうなるか科学者たちは注目しています。

気候が変化する原因は主に二つにわけられます。一つは太陽の活動の変化や火山の噴火などの自然現象によるもの、もう一つは化石燃料を燃やして生まれる二酸化炭素など人間が引き起こすものです。こうした原因を、世界中の研究者が基本的な物理法則に従ってスーパーコンピュータでシミュレーションしてみると、1850~2019年に観測された気温の上昇は、人間による要因を含まないと説明できないことがわかりました。こうした結果を受けて、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2021年に出した報告書で「人間の影響が温暖化させてきた ことは疑う余地がない」と結論づけました。なお気候変動がまだ注目されていない1960年代から、二酸化炭素の増加によって気候が変化する仕組みを計算で解き明かす研究をしていた米プリンストン大学上席研究員の眞鍋淑郎さんは2021年にノーベル物理学賞を受賞しています。

気候変動が進むにつれて、猛暑や大雨などの影響はより深刻になっていくと予測されています。しかし、遠い将来の影響について実感をもって想像することは難しいのが現実です。そこで国立環境研究所などの研究チームは、1960年生まれの祖父母世代と、2020年生まれの孫世代がともに80歳まで生きると仮定して一生のうちに体験する異常気象の数の違いを予測データにもとづいて比較しました。温室効果ガスの排出が非常に多いと、日本では祖父母が一生に経験したことのないような猛暑を孫世代は400回、大雨を3回ほど経験することがわかりました。一方で、大幅な排出削減に成功すると猛暑は20回、大雨は2回程度に抑えられるそうです。気候変動の対策は現在の私たちだけでなく将来の世代のことも考えて進める必要があります。

猛暑や大雨の回数や強さなど気候変動の影響の多くが、気温が上昇すればするほど大きくなっていくと予測されています。しかし、こうした少しずつの変化がある段階を超えると、取り返しのつかない大きな変化になる可能性があり、そうした転換点は「ティッピングポイント」と呼ばれています。南極の氷はある気温を超えると大規模に崩壊を始めて、世界の海面水位が2100年には2メートルも上昇する可能性が指摘されています。そのほか熱帯雨林が大規模に枯れ始めたり、海洋の大循環が止まってしまったりする可能性もあります。科学的にもまだわかってないことも多く、研究が進められていますが、ティッピングポイントを超えないうちに気温の上昇を止める必要があります。

気候変動で世界の平均気温は1度以上上がっています。国際社会は気温の上昇をなるべく抑えようと温室効果ガスの排出を減らしていますが、ただちに減らしても、これまでに出した分によって今後もある程度の気温上昇と、これにともなう悪影響が広がっていくことは避けられません。海面上昇にそなえて堤防を高くする、猛暑にそなえて熱中症対策を進める、高温に強い農作物を開発する、など気温上昇による悪影響を防いだり 、軽くしたりするさまざまな対策が必要になっています。こうした対策は「適応」と呼ばれています。場合によっては、それまでその地域で栽培できなかった作物の栽培を始めたりするなど気候変動の影響を有効に活用できることもあるでしょう。ただし、適応を進めるにしても、できることには限界があります。同時に温室効果ガスを減らして、手に負えないほど被害を大きくしないうちに気温の上昇を抑えることが欠かせません。

19世紀後半に二酸化炭素が増えると気温が上昇する可能性が、世界の研究者によって指摘されていました。こうした説に刺激を受けた一人が作家の宮沢賢治です。1932年の小説「グスコーブドリの伝記」では、火山を人工的に噴火させ、二酸化炭素を噴出させることで気温上昇を引き起こし、冷害に苦しむ農民を救おうという物語を展開しています(現在では火山の噴火はかえって気温を下げる効果が高いことが知られています)。しかし実際に二酸化炭素を減らす必要性が知られるようになるまでには100年ほどの時間がかかりました。20世紀後半になって、大気中の二酸化炭素濃度が上昇していることが実際に確かめられ、さらに相次ぐ異常気象により、世界中の研究者の間で危機感が高まりました。これを受けて国連などは1988年に、最新の研究成果をまとめる気候変動に関する政府間パネル(IPCC)を設立しました。1992年には各国に対策を促す国際条約、気候変動枠組条約ができました。

過去200万年ほどの地球の歴史を振り返ると、寒い気候(氷期)と暖かい気候(間氷期)がおよそ10万年サイクルで繰り返されてきました。氷期には北半球の大陸は広大な氷で覆われていました。こうした気温などの長期的な変化は、地球と太陽の距離など万年単位の周期的な変化(ミランコビッチサイクルと呼ばれます)によって、地球が受ける太陽の日射量などが変化することがきっかけになっていると説明されています。 約1万2千年前に終わった最後の氷期から現在の間氷期に変わる際は5千年かけて5度ほど上昇しました。その後、気温はゆっくりと下がり始めていましたが、現在の人間活動にともなう気候変動によってそうした傾向は逆転し、過去150年で約1.1度上がっています。ふたたび氷期が来れば気温が下がるかもしれませんが、次の氷期が来るとしても5万年後とみられています。

サクラが開花したり、セミが鳴き始めたり、動物や植物など生きものの多くは気温の変化に応じて状態を変化させます。こうしたタイミングが気候変動によって変わってきていることがわかっています。気象庁によると、春のサクラの開花日は10年あたり1.2日ずつ早くなり、秋のカエデの紅葉は10年あたり3.0日ずつ遅くなっています。また生きものにはそれぞれすごしやすい気温があるため、気候変動ですむ場所が暑くなると、より涼しい緯度の高い場所や標高の高い場所に少しずつすむ場所をかえていきます。しかし生きものの多くが移動できる距離には限界があります。現在のような急激なスピードの変化が続くと変化に追いつけなくなる可能性があります。気温が上がるほど、多くの種が絶滅してしまう可能性が高まると考えられています。

海の生きものも水温の上昇などによって、すむ場所などを変えています。また陸上の猛暑のように、海でも水温が数日以上にわたって急上昇する「海洋熱波」も増えていて、場所によってはサンゴを弱らせたり、魚の群れを死に追いやったりしています。海洋酸性化の影響も心配されています。大気中に増えた二酸化炭素が海に吸収されて、海を酸性化する現象です(海水は弱アルカリ性なので中性に近づきます)。貝やサンゴ、プランクトンなど炭酸カルシウムの殻をもつ生物が、その殻をつくりにくくなるなどの影響があります。逆に海水中に溶け込んでいた酸素の量が広い範囲で徐々に減少していることも明らかになっていて、影響が心配されています。将来とれる魚の量もますます減るかもしれません。

過去から人間が出した二酸化炭素の総量と、気温が何度上がるかはほぼ比例することがわかっています。つまり、たとえ何度であっても 気温の上昇を止めるためには、二酸化炭素を出さないようにする必要があります。排出を完全にゼロにすることはなかなか難しいかもしれませんが、大気から二酸化炭素を取り除くことで差し引きゼロにしようという考え方がカーボンニュートラル(炭素中立)と呼ばれています。二酸化炭素を取り除く方法の代表例は、森林を増やすことです。光合成で二酸化炭素を吸収してくれるからです。そのほか、大気中から直接二酸化炭素を取り除く技術開発なども進められています。国際社会がめざす1.5℃以内に気温上昇を抑えるためには、今世紀後半には世界全体でカーボンニュートラルを実現する必要があります。

COP(コップ)という国際会議をニュースで知った人もいるかもしれません。国連の気候変動枠組条約の会議がよくCOP(締約国会議の英語の頭文字)と呼ばれます。この条約のもと、1997年に京都で開かれた第3回のCOPでできたのが京都議定書です。早くから温室効果ガスを多く出して豊かになった先進国はより重い責任があるという考えのもと、先進国に初めて削減義務を課しました。日本の目標は2008~2012年に1990年比6%削減で、すでに達成しています。しかし、途上国の排出量も増えて先進国だけでは気候変動は止められなくなりました。2015年のCOP21でできたパリ協定では、すべての国が削減を進めることになりました。日本は2030年度に2013年度比で46%削減、50%削減にも挑戦することを目標にしています。ただし、どれほど削減するかは各国に任されているため気温の上昇を止められるか見込みはまだついていません。

展示エリアの通路側に設置された2つのテーブルの脚や天板には、複雑に枝分かれしたカシや、二股に枝分かれしたヒノキが使われています。ふだんは使われることの少ない変わったかたちの木を展示の材料として有効に活用しました。
木は、植える、育てる、伐採する、再び植えるという持続可能なサイクルの中で生産され、私たちの暮らしに使われ続けてきました。展示空間は、あえてあまり加工していない丸太や枝なども使うことで、かたちを変えながら使われ続ける木や森林を思い起こすことができるよう工夫しました。

展示空間は、木製ブロック「つみ箱」を組み合わせて作られていますが、これらの「つみ箱」は終了後に再利用することを前提としています。一つの「つみ箱」を本棚のように使ったり、複数の「つみ箱」を違うかたちに組み替えたりして使うことも可能です。
展示公開前には、「つみ箱」の再利用を考えるワークショップを開催しました。「つみ箱」の製作の過程で出る端材で製作した実物の7分の1サイズの積み木に触れながら、参加者と一緒に未来の「つみ箱」の使い道を考えました。

製作記録映像「みんなで展示をつくる」

木製ブロック「つみ箱」はCLT(*1)と呼ばれるパネルを、基本的にはほぞ組(*2)やビスを使って組み立てられています。また「つみ箱」同士もボルトのみで連結されています。そのため分解を容易に行うことができ、展示期間中や終了後に再利用がしやすいように設計されています。一つの「つみ箱」を本棚のように使ったり、複数の「つみ箱」を違うかたちに組み替えたりして使うことができます。

*1 CLT:木の板を繊維方向が直交するように重ねて接着した木材。直交集成板。
*2 ほぞ組:木材の凸部と凹部を組み合わせて木材を固定する工法

木製ブロック「つみ箱」は、鳥取県中南部で伐採されたスギを鳥取県内で加工して作られたCLT(*1)を使って製作されています。
伐採した木材を、家具や柱などにして木材のまま長い期間使用することができれば、二酸化炭素の固定に役立ちます。また、日本の森林資源は近年、海外産材に押されて有効に活用されていない現状があります。この結果、間伐などの管理が十分に行われず、土砂崩れなどを引き起こすきっかけともなっています。きちんと森林資源を活用できれば、環境負荷の軽減にもつながります

*1 CLT:木の板を繊維方向が直交するように重ねて接着した木材。直交集成板。

展示入口付近に設置された5本の丸太は東京都檜原村の木で、展示エリアの通路側に設置された2つのテーブルには八王子市の木が使われています。
地元産の木材を地元の林業者から直接買い付けることで、木材の輸送距離を短くし、輸送段階で出る二酸化炭素の排出量を抑えることができます。また成長に合わせて適切な間伐を行うことで、樹木の健全な生育を促し、二酸化炭素の吸収や土砂災害の予防にも役立つことが期待されています。

木製ブロック「つみ箱」は、鳥取県産の木材を鳥取県の工場でCLTに加工し、滋賀県と広島県の工場で部品をくり抜き、大阪の工場で部品を組み立てて作られました。その後、日本科学未来館に運ばれ、たくさんの「つみ箱」同士をつなげて展示空間に設置されました。
産地と未来館を結ぶほぼ直線上に輸送ルートを計画することで、輸送にかかる二酸化炭素の排出を抑える工夫がされています。

製作記録映像「森から展示ができるまで」

この展示では、木製ブロック「つみ箱」を制作する過程で余った端材を有効に活用しています。厚さ3cmの端材を重ねて「食卓の向こう側」のテーブルの脚として利用したり、各ゾーンの入口パネルの一部として使用したりしています。この記事のQRコードが貼られたコラムパネルも端材をくり抜いて作られました。デジタルデータ上で先に必要な形を整理して木材を必要な分だけ購入し、効率よく切り出すことで、木材をなるべく無駄なく使う工夫も行っています。