インドネシアのいたるところに広がる一見美しい草原は森林伐採の象徴です。伐採の跡地にはえる草原で、アランアラン草原と呼ばれます。地元住民にとって利用用途も限られ、元の森林に戻すことも難しいため荒廃草原とも呼ばれています。
 そんなインドネシアの草原を貴重な生活資源を生み出す土地として生まれ変わらせようとしている研究者たちの取り組みを取り上げます。国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」、目標15「陸の豊かさも守ろう」、目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」に注目して取材しました。

(科学コミュニケーター綾塚達郎)

地下茎が張り巡らされたアランアラン草原利用の難しさ

インドネシア・カリマンタン島にあるアランアラン草原

 アランアランとは現地語で多年草のチガヤのことを指す。日本でも河原の土手や田畑など日当たりの良い場所でみられる、白い穂が特徴的な身近な植物だ。

 栄養状態が悪い環境でも育ち、丈夫な地下茎を持つため火災にも強い。人為的な火入れや自然火災がよくおこる草原では特にアランアランはしぶとい。ほかの植物がなかなか育たたず、簡単に森に戻すことはできない。丈夫な地下茎が張り巡らされた土地は耕すのにも大きな労力がかかる。

 インドネシア政府の研究機関、インドネシア科学院(Indonesian Institute of Sciences (LIPI);以下本文ではインドネシア科学院とのみ表記)の研究員スパトミさん(34)はジャワ島中部のスコハルジョ県出身だ。スパトミさんによると実家近くにもアランアラン草原が広がっていた。森林を切り開いて農地にしたものの、乾季の間にチガヤが侵入して、農地としても使いづらくなったという。

 「生産性が低く、特に雨が降らない乾季は使い道がほぼない。こうした土地を有効活用して生産性を高める方法を見つけたい」と話す。

 アランアラン草原は今やインドネシア全土に広がっており、北海道の面積を超す約1,000万haもが荒廃草原として放置されている。

 このアランアラン草原に注目し「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」の研究プロジェクトが立ち上がった。このプロジェクトを率いている一人が京都大学生存圏研究所教授の梅澤俊明さんだ。アランアラン草原を生産性の高い畑として再活用する計画だ。

 「アランアラン草原になるとわかっていても森林伐採が行われるのは、生活の糧として必要としている人が多くいるからです。ただやめろと言うことはできません。これからはアランアラン草原のような荒廃草原をうまく使いながら、持続的な解決策を見つけたい」

ソルガムが窮地を救う? 「茅場」のような持続可能な利用をめざして

ソルガム。写真の栽培用品種はおおよそ1.5m

 アランアラン草原を活用するために選ばれたのがイネ科のソルガムだ。コムギ、トウモロコシ、イネ、オオムギの次に多く生産されている世界五大穀物の一つで、たかきびやコーリャンなどとも呼ばれる。人の食用として栽培されるだけでなく家畜用の飼料や燃料など用途が広く、乾燥にも強く育てやすい。

 しかも、プロジェクトで利用しようとしているのはただのソルガムではない。リグニンという物質を通常のソルガムよりも多く含んでおり、燃料としても優れた新しい品種の開発を進めている。植物はセルロースやヘミセルロース、リグニンといった物質で作られた固い細胞壁をもち、それによって体を頑丈にしている。その中でもリグニンは特に大きく複雑な化学構造を持っており、もっとも炭素の量が多い物質だ。燃料として使う際、このリグニンが多いと、より発熱量が多い。こうしたリグニンの研究が梅澤さんの研究室が得意とする分野だ。

 リグニンを多く含むソルガムを開発するために、リグニンを増やす遺伝子を探さなければならない。その際、いきなりソルガムの遺伝子について研究するのではなく、まずはイネの遺伝子情報を調べることから始める。今までの研究で遺伝子情報の多くが解明されており、かつソルガムに近い種がイネだからだ。梅澤さんの研究室では、リグニンの量を変える鍵となっている遺伝子をイネから探しだし、さらにリグニンを多く含むソルガムを選抜することに成功した。

 インドネシア科学院が管理するアランアラン草原を使ったソルガムの栽培試験もすでに始まっている。この栽培試験では特に、アランアラン草原をソルガム畑に変えるために最適な土壌改良方法の研究が進められている。

インドネシア科学院にあるソルガム栽培試験地。もとはアランアラン草原だった

 そもそも、森林伐採後にアランアラン草原ができやすいのは、その他の植物にとって土壌の栄養状態が良くないのが原因だ。これを改善することで、チガヤよりも背が高い植物も生えることができるようになる。したがって、土壌の栄養状態がよくなると、森林への転換も容易になるのだ。 梅澤さんのプロジェクトでは基本的にソルガム畑としての利用を考えているが、長い目で見るとアランアラン草原の発生を抑えることにもつながっている。

 さらに、土壌改良の際は環境に負荷がかからないようにすることも重要だ。ソルガムの収穫量を最大にするため肥料を与えすぎて環境を汚すといったことはしない。そのヒントはかつての日本の暮らしにも見ることができる。チガヤのほか、ススキなどの植物が生えている土地は「茅場(かやば)」として管理され、畑の肥料や燃料、家畜の餌、日用品をつくる材料として使われていた。

 「茅場では自然にある栄養分で何百年という長い間、持続的に土地を使っていました。今回はチガヤに代わる有用な植物としてソルガムを育てますが、茅場に近い考え方で持続的に土地を利用する方法を考えることが重要です」

世界に広がるアランアラン草原、その解決が地球温暖化対策につながる

 アジアの中で熱帯に属する地域だけ見ても、アランアラン草原は日本の国土面積にほぼ匹敵する約3500万ヘクタールにおよぶと見積もられている。さらに、チガヤの生息域は北緯45度から南緯45度(おおよそ北海道北部からニュージーランド南部まで)と広い地域に生息することが出来る。アランアラン草原は場所によって名前は違うが実は世界中に広がっている。

 このプロジェクトの成果を世界中に応用できれば地球温暖化対策としても有効だ。なぜならソルガムが選ばれた大きな理由に、チガヤなどと比べて約3倍もの二酸化炭素を吸収できることも考慮されているからだ。ソルガムを毎年育て続けて化石燃料の代わりに燃料として利用すれば、その分の化石燃料の消費を抑えることができる。

 こうした活動を広げていくためには、現地で生活する人々にとって利益とならなければ長続きしない。森林伐採跡地だからとただちに森に戻すのではなく、ときには今回のようにソルガムなどを利用した伐採跡地の活用も有効な手段となりえる。梅澤さんはこう強調する。

 「自然からいただけるところはいただいて、人間の生活と自然保護の両方をうまく回すことが大事だと思います」

(2020年1月9日)

インタビュー

スパトミさん

実験をするスパトミさん

 SATREPSの研究プロジェクトでは現地の学生や研究者を招き、日本の技術移転を積極的に行っている。SDGsの17の目標の1つとして掲げられている「パートナーシップで目標を達成しよう」に貢献している。
 この一環でインドネシアから来日し、梅澤さんの元で研究を進めているのがスパトミさん(34)だ。スパトミさんはインドネシア科学院(※1)に在籍中の研究員で、日本で博士号を取得した後はインドネシア科学院でさらに研究を進める予定だ。スパトミさんに京都大学生存圏研究所で話を聞いた。

※1 正式名称はIndonesian Institute of Sciences (LIPI)。以下本文では、インドネシア科学院とのみ表記する。

「日本で学んだバイオテクノロジーをインドネシアの農業に役立てたい」

綾塚 来日してプロジェクトに参加するようになったきっかけについて教えてください。
スパトミさん オーストラリアで修士号を取得した後、今所属しているインドネシア科学院で働く中でこのプロジェクトがあることを知りました。バイオテクノロジーの進歩は早いため、インドネシアでは学べなかったことをたくさん習得したいです。例えば、将来の選択肢としてゲノム編集(※2)の技術にも興味を持っていて、そうした技術を習得できるのも日本で研究する魅力の一つです。

※2 ゲノム編集とは、生物の特徴を決める遺伝子を今までの技術よりも高い精度で編集することができる技術。農作物の品種改良を早く進められるなど、農業分野での期待も大きい。

綾塚 もともとバイオテクノロジーに興味をもったきっかけは何ですか?
スパトミさん 父が農家だったことが大きいです。小さいころから農業が身近な環境で育ちました。今までの農業は、天候に左右され、たくさんの肥料が必要でした。ただ、こうした農業は農家に金銭的、労力的な負担がかかりますし、地球環境にとっても持続的ではありません。バイオテクノロジーをインドネシアの農業に活かしたいと考えています。

綾塚 今はどのような研究をしていますか?
スパトミさん 今は今後の研究の基礎となる知識と技術の習得を進めています。研究のサンプルとして使うイネを温室で育てることから始まり、遺伝子の解析方法や植物の細胞の解析方法などを学んでいます。ゲノム編集はちょうどこれから習得を始めます。

綾塚 研究で特に大変なことはありますか?
スパトミさん まだまだ知識が追いつかないところが大変ですね。特に、リグニンの話はもっと勉強しなければなりません。また、実験でも失敗することが多いです。それでもあきらめずに何度もチャレンジしています。梅澤先生の「がんばってね!」の一言が私にとってのマジックワードで、チャレンジ精神の元にもなっています。「がんばる」という日本語、いいですね(笑)。

綾塚 がんばりすぎないように気を付けてくださいね(笑)。
スパトミさん はい、大丈夫です。研究と息抜きのバランスはとるようにしています。研究室のメンバーとたこ焼きパーティーをすることもありますよ。琵琶湖にも遊びに行きました。東京にもいつか行きたいです。

取材当日、集まってくださった研究室のみなさん。全員で24名のメンバーがいる(京都大学 生存圏研究所 森林代謝機能化学分野)

綾塚 帰国後はどのような研究を行う予定ですか?
スパトミさん 今はまだ具体的に決まっていませんが、ボゴールのインドネシア科学院に戻って研究を続ける予定です。ここで得たバイオテクノロジーの知識と技術を活かした研究を行い、特に農業分野に貢献したいです。また、自分が持っている知識を科学院の同僚など周りの研究員にも伝えていきたいと思います。

「日本の高校生も夢に向かってあきらめないで」

綾塚 この記事を読む読者、特に日本の高校生へメッセージをいただけますか。
スパトミさん 日本の高校生を見ていると、隙間時間を見つけて勉強したり、遅くまで勉強したりしています。ものすごく熱心なので、むしろその姿勢を私が学んでいます。その上で何か伝えるとすれば、Never give up and do the best!(あきらめず、ベストを尽くして!)でしょうか。夢に向かってあきらめず、いろんな挑戦をしてもらえればと思います。

企画・ファシリテーション

取材後記

科学コミュニケーター綾塚達郎

 日本でも郊外に行くと空き地や公園でたくさんのチガヤを見つけることが出来る。こうしたチガヤは実は世界にもたくさん広がっていて、その草原は農地としたり、地球温暖化対策として活用できたりする可能性を持っている。今回の取材を通して、日本の日常風景にも世界とのつながりを見つけられると感じた。そしてだからこそ、世界の課題を日本に突き付けられているとも思えた。日本では果たして持続可能な土地の利用ができているだろうか。日本の近海で赤潮が頻発している原因の一つに、肥料の使い過ぎが指摘されていることからも、決して他人事の問題ではない。世界で起こっている問題を知ることは、わが身を振り返ることでもあると思う。