2023年11月22日に公開された常設展示「プラネタリー・クライシス -これからもこの地球でくらすために」は地球環境がテーマ。気候変動のドラスティックな変化をはじめ、地球規模の課題を自分ごとのように体感できる展示を目指しました。私たちの暮らしが多様な環境問題を引き起こしている現状に目を向けられるよう、展示は科学的なデータに基づき問題の深刻さを率直に伝えていますが、重くなりすぎないよう見せ方の工夫も凝らしています。厳しい地球の現状を、どのように展示に落とし込んでいったのか。総合監修のお二人と展示担当に、制作の舞台裏と展示から生まれるコミュニケーションへの期待を語ってもらいました。

語り手

総合監修
武内和彦氏(地球環境戦略研究機関(IGES) 理事長)
江守正多氏(東京大学未来ビジョン研究センター 教授 / 国立環境研究所 上級主席研究員)

展示担当
須藤大輔(日本科学未来館 科学コミュニケーション室 科学ディレクター)
平井元康(日本科学未来館 科学コミュニケーション室 科学コミュニケーター)

左から須藤大輔、武内和彦氏、平井元康

左から平井、江守正多氏、須藤

深刻で重い現実を、それでもライトに伝える工夫

──地球環境は、今どれだけ危機的状況なのでしょうか?

江守 まず、温室効果ガスの増加によって気温が上昇している地球の温暖化は、疑う余地がないと科学的にわかってきています。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2023年3月までに公表した第6次評価報告書によると、1850~1900年を基準とする世界の平均気温は2020年までに約1.1℃上昇しました。

2015年のパリ協定では、世界の平均気温の上昇を1.5℃に抑えるようにと目標が掲げられましたが、この報告書は2030年代に1.5℃を超えてしまう可能性が高いと指摘しています。

これを受けて、国際社会は2030年までを「決定的な10年(critical decade)」と位置づけてさらなる行動を求めています。

気候変動の「ティッピング・ポイント(少しずつの変化が急激な変化に変わる転換点)」も近づきつつあります。

温度上昇があるレベルを超えると、南極の氷が不安定化して海面上昇が加速する、干ばつと森林破壊でアマゾンの熱帯雨林が消失する、永久凍土に封じ込まれていたメタンガスが大気中に放出される、といった変化が連鎖し、地球のシステム全体が臨界点に達してしまう可能性もあります。

インタビュー中の江守氏

江守 もう一つ、私が重大だと感じているのは、先進国の生産・消費活動の負の影響が、貧しい国の人たちに及んでいるという悲しい現実です。

今回、そうした側面を伝えるため、温暖化による海面上昇の影響を受けているフィジー共和国でロケ取材をして生の声を収録し、現地の人が直面している課題が「自分の隣にいる人の課題」のように感じられる映像コンテンツも用意しています。

この展示が、気候変動の原因に責任のない人たちが深刻な被害を受ける理不尽な状況を是正すべきという「気候正義」の視点を持つきっかけの一つになればと思っています。

大型映像シアターでは実際にフィジー共和国で撮影した映像を使用

──気候変動など深刻で重たいテーマを扱いながらも、展示全体は軽やかな印象を受けました。

須藤 伝えている内容自体は、目を覆いたくなるような現実だったりするわけです。けれども、科学館という場での展示という事で、見え方はできるだけライトにするよう工夫しました。

たとえば、生産、消費、廃棄という消費活動全体をCGアニメーションで表現した映像展示があります。日用品が森林破壊や生物多様性の損失にもつながっているという流れを俯瞰できる動画作品です。

具体的には、私たちの暮らしに身近な「パーム油」は、アブラヤシから取れる植物油脂ですが、熱帯雨林の木を伐り倒して、オランウータンなどの野生動物を犠牲にして私たちのもとに運ばれてくる、という流れです。

消費活動全体をCGアニメーションで表現した「くらしのしくみが見える窓」

須藤 誰しも、地球環境を悪くしようという悪意があるわけではないと思うんです。けれども、今の社会経済システム全体が、地球に負荷を与えています。そんな重い現実は突きつけますが、イラストはポップでリズミカルな動画に仕上げています。

文字情報は極力削ぎ落とし、絵だけでみせています。観た人自身に課題を考えてもらう余白をつくることで、来館者同士、あるいは来館者と科学コミュニケーターの対話が生まれるような展示にしたいと考えました。

他の例では、ここ150年の気温上昇は地球史的に異常な気温の跳ね上がり方を見せているんですが、おどろおどろしい演出で危機感を煽るのではなく、グラフ自体を手で触れるシンプルな展示にしました。

異常さを、スケール感として直感的に理解してもらおうと考えたからです。「パネルを突き抜けるくらい急激な変化なんだ!」と驚いてもらうしかけです。

産業革命以降の急激な気温の上昇を触れるグラフで展示

危機意識は持ちながら、希望を忘れない

──展示制作の過程で、監修の先生方は担当者にどんな助言をしましたか?

江守 世界では新たに戦争が勃発して国土が荒廃する場所もあります。気候変動対策を推進させるどころか、後退してしまう国だって少なくありません。

でも、だからといって対策する努力をあきらめたら地球は破滅の道へまっ逆さまに突き進むことになります。そこで最近私は、どんなに逆風が吹いても「あきらめないこと」が重要だと考えるようになりました。

悲観的になりすぎても、行動変容につながりませんから、「希望を感じられるような展示にしてほしい」と伝えました。

武内 私はよく、「A Sense of Urgency, A Sense of Hope」という言葉を伝えていました。「危機意識は持て。でも、希望は忘れないで」と。この「Hope(希望)」の部分を意識してほしいと思いました。

インタビュー中の武内氏

武内 このフレーズは、2011年にブループラネット賞を受賞したアメリカの海洋生態学者、ジェーン・ルブチェンコ博士が受賞者記念講演で語っていたものです。

彼女は、長年大学の研究者をしながら、行政の仕事にも携わってきました。彼女は米国海洋大気局(NOAA)の局長を務めていた際、メキシコ湾での原油流出事故の対応を経験しています。困難に直面しても何とか解決を目指そうとしてきました。

展示においても、「やりようはいろいろある」「自分にできることを考えよう」という希望が持ち続けられるようなメッセージが来館者に伝わるとよいですね。

──具体的なアクションとして、展示づくりでも環境配慮にチャレンジしましたね。

平井  「展示自体を捨てない」。そんな工夫として、あとでリユースしやすいような木材のモジュールを使って展示空間を設計しています。

また、輸送距離がより短い国産の木材や商品にならずに廃棄されてしまう変わった形の木材など、サステナブルな素材としての木材の可能性を感じていただけるように、デザインに取り入れています。武内先生には、資材調達の業者の選定にも関わっていただきました。

リユースしやすい木材のモジュールを使用

武内 サステナブルな展示作りに関わったのは、私としては、気候変動の問題だけに議論を限定しないようにという思いからなんです。

気候変動も、資源循環も、あらゆる環境課題を気にかけている展示の場にしたいと考えました。

というのも、以前、私が地球環境戦略研究機関(IGES)の理事長になった際、気候変動、資源循環、生物多様性という3つの研究グループが独立に議論をしていて、それら相互のつながりを追求することが不十分だという課題に直面しました。

IGESに限らず、学術というのは、放っておくと細分化してしまいがちです。さまざまな問題が複雑に絡み合っていますから、個別分野だけで議論していても、複雑な地球環境問題は解決に至らない。私は3つのグループを横断する、サステイナビリティ統合センターをつくりました。

そんな経験から、未来館の来館者には、複層的な視点が持てるような展示体験をしていただけたらと思っています。

廃棄されてしまう変わった形の木材も活用

──展示の場は、来館者とのコミュニケーションの機会でもあります。どんな意義を感じますか?

武内 今回、最後のゾーン4では、環境を変えていくための行動に踏み出している実践者の事例を紹介しています。それを受けて来館者の考えを述べてもらう場も設けています。

未来館という開かれた場で、訪れた人が自分ごととして環境課題への対処法を考え、それを表明してもらう場は貴重です。

来館者からの意見を存分に活用し、より高次な「自分ごと化」を実現できるところまで、知の集約化を進められたらいいなと思っています。

環境を変えていくための実践者を紹介

江守 「勝負の10年」という緊迫した現状では、個々人が「電気をこまめに消す」「エコバックを持ち歩く」といった小さな行動変容をするだけでは、環境回復への道のりは厳しいと言わざるをえません。

社会全体のシステムが完全に変わるような、「システムチェンジ」を促す大きな変容を起こしていかなければ、危機への対処に間に合いません。

「みんながいつの間にか変わっているような大掛かりなしかけ」を作らなくちゃいけない局面ということです。

そうした大掛かりなしかけを起こす起点として、未来館のようなサイエンスミュージアムが果たせる役割は大きいと思います。

「私が変革を起こしたい」という人が現れたらありがたいですし、そうでなくても、変革者を後押しする「応援者」のマインドが醸成されることもよい変化です。

展示の場で、変革につながる化学反応がいろいろと起こることに期待したいです。

展示最後に自分の意見を投稿する場を設けた

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