アマゾンの熱帯雨林が深刻な危機を迎えています。森を守るためには、そこに住む人々の思い入れが不可欠ですが、アマゾンの中心に位置するブラジルの大都市・マナウスに暮らす多くの人々にとってアマゾンは実は近くて遠い存在です。今回の記事では、「理想の動物園」と呼ばれる「フィールドミュージアム」プロジェクトを通じて、マナティーなどのアマゾンの生き物を守ると同時に、地域住民にその素晴らしさを伝えようとする研究者たちを紹介します。今回はSDGs15番目の目標、「陸の豊かさも守ろう」に着目しました。

(科学コミュニケーター福井智一)

失われる生物多様性

フィールドミュージアムの一角をなす、支流クイエイラス河畔の森(写真提供:SATREPS)

 世界最大の流域面積を誇る大河、アマゾン。その流域は熱帯雨林が覆い、マナティーなどの水棲哺乳類やピラルクーに代表される魚類をはじめ、サルやナマケモノなどの樹上動物など、規模・多様性において極めて豊かな生態系を支えている。未だ無数に残る未知の生物種には、新しい医薬品の原料など、未来における可能性が眠っている。
 また、アマゾンの森は地上の全植物の約17%もの炭素を貯蔵している。森を失うことは、その炭素を二酸化炭素として大気に放出することを意味する。アマゾンの自然を守ることは、地域の人々の暮らしや未来の資産を守ることであるだけでなく、地球温暖化の進行を食い止めるために必要なことでもあるのだ。

 そんなアマゾンの森が、現在かつてないスピードで減少している。ブラジル国立宇宙研究所(INPE)によると、2018年8月から翌年7月までの間に、青森県に匹敵する9762㎢もの森が消失したという。その原因のほとんどは、森林伐採や焼き畑などの人為的なものだ。2019年の大規模火災はまだ記憶に新しい。
 多様な生物が生息するアマゾンの生態系を守るため、幸島司郎教授率いる京都大学野生動物研究センターでは、2008年の設立以来、特に大型動物の保護を目的とした研究に力を入れている。

 無数に存在する生物のうち、なぜ大型動物に注目するのか? 大型動物の多くが絶滅危惧種ということが大きな理由の一つだが、それだけではない。大型動物が生息する広い環境を守ることで、そこに生息する大小さまざまな動植物を同時に守ることが出来るのだ。また、大型動物は世間の注目を集めやすく、したがって保護のための資金を調達しやすいという現実的なメリットもある。

 マナウスでは、密猟によって親を失ったアマゾンマナティーの野生復帰事業が行われてきた。しかし、特にハードルとなっていたのが、野生復帰させた動物の生存率の低さだ。幸島教授は言う。「以前から、親を殺されたマナティーの赤ちゃんを保護して育て、野生に返す取り組みが行われていたのですが、川に戻された個体の多くが野生での生活に適応できずに死んでしまったとみられています」

保護され、国立アマゾン研究所(INPA)の施設で飼育されているマナティーの赤ちゃん(写真提供:SATREPS)

 そこで考案されたのが、野生環境の一部を囲い込んだだけの施設、すなわち半野生・半飼育の環境だ。「人間に育てられた動物を野生に返す前に、野生生活のトレーニングをする必要があるのです」
 半野生施設内には、マナティーが食べていけるだけの充分な植物が自生している。移されてはじめのうちは餌を与えられるが、やがて野生の食べ物を得ることに慣れるにつれ、自然と餌をもらいに来なくなるという。最後にアマゾン川の支流、プルス川のピアガスプルス保護区に放流される。放流時には発信機やデータロガーをつけ、半年から一年の間、追跡調査が行われる。「これまでに約30頭のマナティーを放流しましたが、皆無事に生き延び、体重も増えていることが分かりました」

住民にとってアマゾンの自然は近くて遠い存在

 アマゾンの開発を持続可能なものにするには、何より前提条件として、そこに住む人々の森林を守りたいという意識が必要だ。実際にアマゾン川のほとりに住む人々は、その自然のことをどう考えているのだろうか。

 アマゾンの中心部にあるマナウス市は、アマゾン川本流と支流のネグロ川の合流点に位置する。他の国内主要都市への陸路での到達は困難で、事実上アクセスは空路もしくは水路のみ。「緑の魔境に浮かぶ陸の孤島」という地理条件とは裏腹に、中心部には高層ビルが立ち並び、人口200万人を擁する工業都市である。

 そんなマナウスの住民が、アマゾンの自然に直接触れる機会はあまりないと幸島教授は言う。「日本や欧米に行けばアマゾンの色々な魚を見られる水族館は沢山ありますよね。びっくりすると思うんですけど、マナウスでは泳いでいるアマゾンの魚を見たことが無い人がほとんどなんですよ。魚を見たければ市場で死んだ魚を見るしかないので、魚市場が観光スポットになっているんです」

魚市場で売られている様々なアマゾンの魚たち(写真提供:SATREPS)

 マナウス出身の大学院生、エリオ・ボルゲザンさんも、「もし泳いでいる野生の魚が見たければ、イガラッペと呼ばれる支流の渓流まで数時間かけてボートで向かえば、そこでは水が透明なので観察出来ます。アマゾン川本流やネグロ川の水は濁っていて魚を見るのは難しいですね」と言う。

「アマゾン観光のエコツーリズムは以前から存在しますが、その多くは富裕層や外国人観光客向けの高額なツアーです。一般的なマナウス市民が気軽に利用できるものではないですね。」幸島教授は言う。

 マナウスの多くの都市生活者にとって、アマゾンの自然は近くて遠い存在のようだ。たとえアマゾンの自然が自分たちにとっても重要なものだと頭で分かっていても、そこに親しみを感じなければ、その保全への意欲は高まらないかもしれない。

住民に自然と親しんでもらう「フィールドミュージアム」

 そこで、これまでアマゾンの自然と触れ合う機会の少なかったマナウス市民に、森林や野生動物と親しんでもらい、保全への意識を高めてもらおうと幸島教授らが打ち出したのが野生生物保護のための施設を活用したフィールドミュージアム構想だ。

 そのコンセプトは、「自然の中で生きる生き物と、自然そのもの」を展示すること。日本にあるような生息地とかけ離れた環境で飼育されている動物園と違って、フィールドミュージアムでは、その生き物の本来の姿を間近に観察し、学ぶことが出来る。 「動物福祉に配慮した質の良い飼育環境、限られた範囲内で動物が野生と同じ暮らしができる半野生環境、そして保護区のような本来の野生環境、この3つの環境が揃った場所って、まさに理想の動物園じゃないかと思ったんです」と幸島教授は言う。

 フィールドミュージアムが野生生物の保全活動と研究の場所でもあることを生かし、研究者などの専門家や、専門家によるトレーニングを受けたガイドを駐在させている。この保全と研究そのものをコンテンツとして来訪者に紹介すれば、訪れた人々にアマゾンの自然の表面的な美しさだけではなく、研究成果に基づいた保全の意義について学ぶことが出来る。

 現在、マナウスのフィールドミュージアムは、市内にある国立アマゾン研究所(INPA)の敷地内にある森林「科学の森」と屋内型ミュージアム「科学の家」、マナティーなどの飼育施設などがあり、毎週のように沢山の学生がやってくる。エリオさんは「フィールドミュージアムに来た人たち、特に生きたマナティーと触れ合った子供たちからは野生生物の保護に関して明らかな意識の変化を感じます」と手ごたえを感じている。

クイエイラス川保護林と研修施設(写真提供:SATREPS)

 フィールドミュージアムにはほかに、マナウスから船で3時間ほどの距離にある、支流のひとつクイエイラス川地区の保護林がある。研修・宿泊施設のほか、熱帯雨林を上から観察できるタワーがある。さらに、いくつものつり橋を架け、歩きながら森林上層部(林冠)を観察できるツリーウォークなど、今後も様々な施設を建設する予定だ。

(2020年1月31日)

インタビュー

エリオ・ボルゲザンさん

 南米アマゾンの熱帯雨林の中心に位置する大都市マナウスを拠点に、生の自然環境を生かした環境教育プロジェクト、「フィールドミュージアム」構想が、京都大学・幸島司郎教授率いる野生生物研究センターを中心に進められてきました。今回は、同センターに在籍するマナウス出身の大学院生、エリオ・ボルゲザンさんに、アマゾンの自然とブラジルの人びととのつながり、そして彼自身の研究についてお話を伺いました。

左から、エリオさんと幸島教授

「子供の頃、アマゾン川の"イガラッペ"でよく水遊びをしました」

福井 ご自身について教えてください。
エリオさん エリオと言います。ブラジルのマナウス市から来ました。アマゾナス連邦大学を卒業した後、国立アマゾン研究所(INPA)で修士号を取得しました。今は博士課程の1年目になります。

福井 なぜ日本に来たのですか?
エリオさん 学部学生の頃からアニメやマンガなど、日本文化に興味があって、いつか日本に来たいと思っていました。そんな折、学部生の頃ですが京大野生動物研究センターで熱帯魚として日本でもポピュラーなネオンテトラを研究している、研究員の池田威秀さんにマナウスで会いました。ちょうど幸島先生がプロジェクトをすすめているところだったので、コンタクトを取ってもらったことが、大学院生として研究をスタートするきっかけとなりました。

福井 アマゾンの自然に関する思い出を教えてください。
エリオさん 子供の頃、家族でイガラッペによく行きました。イガラッペというのは、アマゾン川に無数にある支流を遡ったところにある、小さな渓流の総称です。そこで水浴びしたり泳いだり、魚を調理して食べたりしました。

アマゾンの渓流・イガラッペ
ブラックウォーターと呼ばれるタンニンを含んだ水が流れている。(写真提供:エリオさん)

福井 魚を釣って食べたんですね。
エリオさん いいえ、魚は市場で買って持ってきたものです。よく食べていたのが、マナウスでも人気のタンバキという魚です。図鑑でお見せしましょう。

福井 ピラニアに似てますね。
幸島教授 そうです、タンバキはピラニアと同じカラシンの仲間(新大陸とアフリカの熱帯域に主に分布する淡水魚のグループで、日本にはいない。)で、主に果実を食べる魚です。
エリオさん 魚屋に行けば、日本円で一匹1000円くらいで売っていますね。以前は野生の魚が多かったのですが、最近出回っている魚はほとんど養殖されたものですね。

「マナウスではすべての人が大なり小なりアマゾンに頼って生活しています」

福井 アマゾン熱帯雨林と人間社会とのつながりについて教えてください。
エリオさん 立場によってアマゾンとのかかわり方は全然違うので、ひとくくりで言い表すことは難しいですね。先ほど私自身が家族とイガラッペで過ごした話をしたように、都市生活者にとってはレクリエーションの場として活用されています。ですが生態学的な興味を持って観察する機会や習慣はあまりありませんでした。一方、農家や牧畜業者にとっては、材木などの資源と農地を手に入れるビジネスの場です。そして先住民にとっては、アマゾンは居住地であり、生活の糧を手に入れる場所であり、自然と共に生きる彼らの文化の源でもあります。

福井 どれくらいの人びとがアマゾンの恵みに頼って暮らしているのですか?
エリオさん マナウス周辺では、薬や食品などの様々な生産物を通して、すべての人が大なり小なりアマゾンに頼っています。特に先住民や貧しい人々は、アマゾンの恵みにより深く頼っていると思います。私の調べでは、2009年のアマゾンでの魚の水揚げは3万9千トンにも及びました。

福井 密漁・密猟の問題はありますか?
エリオさん アマゾンの魚は普通年に一回繁殖します。多くの魚の繁殖期である5月から8月に間は禁漁期間になるのですが、密漁者は後を絶ちません。マナティーやカワイルカなどの水棲哺乳類も密猟の対象になっています。

福井 マナティーやカワイルカは何のために密猟されるのですか?
エリオさん マナティー密猟の目的は食用の肉です。カワイルカは魔術やお守りの材料にされたり、ピラカチンガという腐肉食のナマズを集めるための撒き餌にされたりします。アマゾンカワイルカは1994年から2017年までの間に元の90%にまで数が減ってしまいました。

「アマゾンに3000種もの魚がどうやって現れたのかを知ることが私の研究テーマ」

福井 エリオさんはどんな形でフィールドミュージアムプロジェクトに参加されているんですか?
エリオさん 私は研究者として参加しています。アマゾンは世界最大の淡水環境で、知られているだけで3000種以上の魚類が生息しています。実際に何種いるのかは誰にもわかりません。それほどたくさんの種がどのような仕組みで現れたのかを知ることが私の研究テーマです。

福井 実際、どんな仕組みで種分化(あるひとつの種が「分家」して二つの種に分かれること)が起きていると考えられているんですか?
エリオさん ある魚は高いpHなど、特定の化学的環境に適応して種分化を果たしたと考えられています。またある魚は光環境の違いが種分化の原因になったようです。私は光環境の違いが魚のコミュニケーションに、そして種分化にどのような影響を与えるのかに興味を持って研究しています。

「水の色の違いが新しい種を生んだようなんです」

福井 面白そうな研究ですね。具体的な内容を教えてください。
エリオさん 私が研究対象にしているのはセルフィンテトラという魚です。セルフィンテトラはアマゾン流域のイガラッペに広く分布しています。そしてイガラッペのクリアウォーターとブラックウォーターの両方に生息しています。

福井 クリアウォーターというのは澄んだ透明な水ということですね。ブラックウォーターとは何ですか?
エリオさん アマゾンでは流域によっては、土壌や枯れ葉から植物由来のタンニンが染み出して水に色が付きます。これがブラックウォーターです。ちょうど目の前にあるほうじ茶みたいな色ですね(茶やウイスキーの「茶色」はタンニン由来)。セルフィンテトラのオスは水玉模様のついた立派な腹びれを持っています。この飾りでメスを惹きつけます。

セルフィンテトラ。クリアウォーターに生息するもの(上)と、ブラックウォーターに生息するもの(下)
腹びれの模様と目の大きさに注目!(写真提供:エリオさん)

福井 住んでいる水の色の違いで飾りが変化するんでしょうか。
エリオさん そうです! ブラックウォーターに住むセルフィンテトラのオスは、クリアウォーターに住むものと比べてより赤く、より大きな水玉模様をつけているんですよ! それだけなく、目の大きさもブラックウォーターに住むものの方が大きいです。

福井 ブラックウォーターは視界が悪い分、より目立つように進化したんでしょうかね。この二つの環境に住むセルフィンテトラは同じ種と言えるんですか?
エリオさん 今のところ名前の上では同じ種ですが、私たちが出した2018年の論文では別々の種であると結論付けて発表しました。

福井 ちょうど種分化したところを見つけたというわけですね! 研究の上で一番大変だったことは何ですか?
エリオさん 広大なアマゾン流域の様々な場所からサンプルを採取するのには、本当に骨が折れましたね!

企画・ファシリテーション

取材後記

科学コミュニケーター福井智一

 人々とアマゾンとのつながり、生き物を守るためのとりくみ、「フィールドミュージアム」を通じて人々にアマゾンの自然の魅力を伝えるとりくみ、そして留学生のエリオさんによる、アマゾンの生物多様性が生まれる仕組みを知るとりくみについてお伝えしました。
 筆者は以前アフリカ・ケニアで環境教育の仕事をしていたことがありますが、ケニアではサバンナの野生動物が様々な広告の意匠に使われたり、一般市民や学生向けの安価なサファリツアーが催されたり、市民の関心度の高さを感じる機会が多かったことをおぼえています。そのため、アフリカのサバンナと並び野生の王国として有名なアマゾンのほとりに住む人々の多くが、生きた魚が泳ぐ様子を見たことがないという話には驚きを禁じえませんでした。フィールドミュージアムの取り組みが実を結び、地域住民だけでなく人類全体にとっての宝であり、それ自体がかけがえのない価値を持つアマゾンが末永く守られることを祈りたいと思います。

 2時間にもわたる長いインタビューでしたが、自然・野生動物好き同士で盛り上がり、またお二人の温かい人柄もあいまって、あっという間に時間が過ぎてしまいました。幸島教授、エリオさん、ありがとうございました!