03 02 02 「地球科学的知見の重要性と科学者の役割」  | 未来設計会議

top_header_0.jpg

logo2.png
linne.png

シリーズ3ヘッダー3_01.jpg
あなたは科学に何を期待してきたでしょう? 震災以降、社会に生まれた科学者への不満や期待と、科学者の側の切実な思いとをぶつけ合い、議論しました。科学が力を存分に発揮できる社会にするために、今、私たちが抱える課題と解決方法を探ります。
(このサイトでは、当日の講演とディスカッションをダイジェストでまとめています。イベント全編はYouTubeでご覧ください。)

menu3-2_off_kaisai.pngmenu3-2_off_kaisai.png
3-2-2menu_1off.png3-2-2menu_1off.png
3-2-2menu_2off.png3-2-2menu_2off.png
3-2-2menu_3on.png
3-2-2menu_4off.png3-2-2menu_4off.png
3-2-2menu_5off.png3-2-2menu_5off.png

シリーズ3ヘッダー3_01.jpg

 

3|「地球科学的知見の重要性と科学者の役割」中島映至
line_4_558.jpg

(YouTube 42:55~52:58)

一歩退いた立場から冷静に見る

長坂先生と平川先生、お二人のお話から、それぞれの人生をかけて3.11以降もがいていたというのが伝わってきます。同時に、私は学術会議の会員ですので、責任を感じるところもあるという思いです。長坂先生はおそらく技術の方で、平川先生は文系の方、そして僕は理学者です。ですから、今日はその立場から地球科学の知見の重要性と科学者の役割ということをお話しします。
1991年の湾岸戦争の際、私は助手のころでしたが、どうしても現地に行きたいと大騒ぎしまして、何とかイランに行ったんです。このとき「核の冬現象」というのがさかんにいわれていました。どういうことかというと、厚い真っ黒な雲に光が当たるとものすごく熱くなるために、爆発的に雲の上昇が起こって成層圏まで煙が入ってしまう。そうすると地球は核戦争で発生すると想定される煙で覆われるようにになって、何年も冬の状態が続くと新聞は散々書き立てたんです。
ところが、実際に観測したら、白い雲と黒い雲があるんですね。白いほうは水蒸気で、真っ黒なほうは本当に燃えているんですが、これが合わさるとわれわれの科学の言葉でいうと、単散乱アルベドが0.7。つまり煙粒子の反射率が0.7ということで、光は30%だけ、ほんわかと吸収されることになっていました。それで実際には何が起きていたかというと、温められた雲が、冷たい大気の上に乗っかって、吹き流しみたいにきれいに層流になって沖合に流れ出し、結局は雨によって地面に落ちてしまった。当時、真っ黒な噴煙が発生したときは大問題と言われていたんですが、現地で調査するとその主張の間違いであることがわかったんです。この例でわかるように、科学の研究には検証が重要であるということです。
もう一つ、地球温暖化問題を例にとってみましょう。地球温暖化が本当に起こっているかどうか、いろんな人がいろいろな学説を出していて、それぞれに批判があります。例えば下の図ですが、北極の夏の海氷の大きさが年々小さくなっている様子が観測されています。

「地球科学的知見の重要性と科学者の役割」 図1.jpg


青い線がIPCCによる将来予測ですが、2006~2007年のところでがくんと落ちている。つまりIPCCの予測よりもずっと早く極域の氷が溶けているんじゃないかという議論がある。米国大気研究所の研究者も北極の夏の海氷が消滅する時期はこれまでの予測よりもはるかに早まるんじゃないかという仮説を発表したんですが、結局、2006~2007年のイベントは、その翌年からこのようにIPCCの予測した線上に戻ってしまいました。つまり何がいいたいかというと、物事は非常に複雑だということです。下の図を見てください。これは福島原発から放射性物質がどのように散らばったかという話ですが、そこで起きていることを知るのは非常に難しいです。だから、政府や関係機関が対策のためにがんばっていたのと平行して、僕ら理学部の人間は一歩退いた立場から冷静にものを見て、そこで何が起こったかを皆さんにしっかり伝えるという別の役割を担っているということが結構重要だと思うんです。

モデルによる3-14-18Zに放出された汚染気塊の等濃度面(色は高度).jpg


これを動画で見ると、福島原発から放射性物質が舞い上がって、北関東に落ちたことがわかります。さらに前線が16日に通過したあと、放射性物質は陸地のところに落ちながら海上へ押し流されている。この年の3月は非常に冷たかったんです。北西の季節風が非常に強く吹いていて、かなりの放射性物質が海に行った。では普段の春だったらどうなったか、あるいは事故が関西の原発で起こったらどうなったかということは、やっぱりよく考えなくてはいけない。
そういうわけで、僕ら理学の研究者はもうちょっと退いたところにいていいし、一生懸命考えながらこの問題にアタックすべきなんだということを言いたいです。前線で上空へ上がった汚染物質は、その後、偏西風に乗って世界中に散らばっていきます。このようにアメリカで観測されて、次にヨーロッパで観測されている(下図)。

福島第一原発起源微粒子の長距離輸送シミュレーション.jpg


これをあるところで見せたら、「このように色を付けた図は誤解を招く」と言われました。つまり、世界中に福島の放射性物質が散らばっていることがわかってしまって、皆が元気をなくすからやめろと言うことです。でも科学者ならわかるんですが、ここに10のマイナス8乗という数字があります。つまり最初に出た量のものが、1億分の1にまで希釈されているんですが、これくらいの濃度は人間が暮らすのにはほとんど影響がない。だから情報を正しく見ることが重要なのです。ただし、このようなわずかな量でも検出限界ではない。検出できるんです。また観測すべきなのです。それを検出することによって何がわかるかというと、このシミュレーションによって予測された数値が正しいかどうかを確認することができるんです。政府の初期の観測では、人間の体に影響の無いレベルだったら、not detected(不検知)と報告する手順でした。しかしそれは緊急時サンプリングのシナリオであって、僕ら理学者にとっては、1億分の1でも重要なデータなのです。それを知ることによって、放射性物質がどう流れたかがわかり、時間をさかのぼって、放射性物質の発生源の様子まで知ることができる。不安に感じる住民への配慮というのはもちろんあるんだけど、本当に住民のために必要な科学的な情報を得るためには何が必要か、そこまで考えて徹底して冷静になってやる必要が理学者にはあると僕は思っています。

科学者とは、緊急時に鈍重な生き物である

つまりまとめますと、今回我々が扱っている放射能汚染という現象は複雑なんです。ものすごく広い範囲を対象にする必要がありますから、原発の関係者だけではできません。先ほど長坂さんがいわれたように、チームでやる必要がある。いろいろなチームの人が出てこなければいけない。特に地球科学的知見が大事です。温暖化の問題でも、世界中の科学者が集まって、温暖化が本当に起こっているかどうかを検討するのに20年間かけている。研究者というのは、これくらいしつこいんです。数十年が経ってやっと政府も、温暖化はやはり本当だから対応しなくてはいけない、ということで動き出す。このところはぜひとも皆さんにわかっていただきたい。科学的研究の背景にはたいへんな努力があるんです。水の下で足をどたばたやっている。
その意味では科学者は、緊急時にはすごく鈍重な生き物なんです。特に理学者は、3.11の後の右も左もわからない状況では、なかなか成果がでなかった。自分が持っているものがどうやれば役に立つかは考えるし、興味もあります。しかしさまざまな側面から調査しなければならないし、不確実なものを発信して混乱を招くこともあってはならない。ただ、そうしていったん動き出したら止まらない。それはすごいエネルギーです。科学的に見るというのは事態に目をつぶることではなくて、本当に興味を持ち、不思議だなと思ってのめり込む。それが科学者です。そこから引き出されてくる情報が大事なのであって、皆さんも「タイムラグを考えて質問をしてください」とお願いします(笑)。それでは遅いといわれるのはわかるんですが。

必要なのは「プランB」を容認する社会

皆さんには、科学的な物の見方をしっかりと身につけていただきたいと思います。例えば今日のこのような場所でも、聞いて聞いて、聞きまくることが大事です。ただ知ってほしいのは情報発信メカニズムの問題です。今回、気象学会では理事長がメッセージを出しました(http://wwwsoc.nii.ac.jp/msj/others/News/message_110318.pdf)。私は気象学会の理事でもありますので、これに関してもいろいろ議論がありますが、ただ、あれは専門家から見れば気象業務法の観点では正しいんです。例えば台風の進路をみんながそれぞれ勝手にウェブ上に出したら、どれを信用すればいいんですか。間違った情報もあるでしょうし、そもそもモデルには不確実性がありますから、そっちに台風が行くと言われてこっちに逃げたら、実際はこっちに来てしまったということがあり得るわけです。それによって船が転覆したら、誰が責任をとるのですか。情報が統一されていないと、そういうネガティブな面も現れることがあるんです。
だけど今は、CNNでヨーロッパの気象モデルも、米軍の気象モデルも、誰もが見られる時代です。その点から考えると、今回の情報発信については今の情報システムの中でセコンドオピニオンの観点からもう一回考え直す必要があると僕は思います。
全体として見ると、「みんな頑張った、だけどそれぞれの役割が効率よくかみ合っておらずに、下手なサッカーをやった」という感じがします。必要なのは「プランB」を容認する社会ではないでしょうか。私も最初は政府にものを言いに行っても、まったく相手にされませんでした。「あなたは何者ですか、原発を知らないでしょう」と。しかし、私は地球物理のプロで、大気汚染のことをずっとやってきた観点からいろいろ訴えていくと、だんだん変わってきて「先生はどう考えますか?」と私の意見を聞き始めるわけです。
こんなふうに下から上がってきたいろいろな情報が、ウェブ上にはいっぱい転がっていた。世の中には消防士もいるし、ミキサー車の専門家もいるし、あそこに水を掛けるためにはどうすればよいかをひとりの天才よりも無数の無名の人々が適切に助言できるかも知れない。国として緊急時に対応するために、やはり情報収集が大切です。それから長坂さんが言ったようにさまざまな役割が組み合わされるようにチームで動くこと、政府はこのようなチーム作りがうまくないなあと僕は思いました。下から上がってきた情報やアイデアを吸い上げて、有効だと思われるものをプランBとして実行していくということができる。そういう社会をつくって、うまいサッカーをやろうというのが、僕が最後にいいたいことです。

中島映至 プロフィート
中島映至
東京大学大気海洋研究所地球表層圏変動研究センター センター長
1950年生まれ。人工衛星データ解析と気候システム研究の第一人者で、震災後は放射性物質の飛散予報計算にとりくむ。SPEEDIのデータが公開されない中、予報データ公開の是非など緊急時における科学データのあり方について、学会内の議論をリード。

ページの先頭へ



YouTube: イベント記録映像(2時間38分 イベント開始は5分40秒からです)


シリーズ3
after3.11 エネルギー・科学・情報の民主的な選択に向かって