アナグラのうた 消えた博士と残された装置

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アナグラの物語   by Kazutoshi Iida

「アナグラ」は、今から約1000年後の
世界です。
それはどんな世界?何が起きたの?
物語を読んでみましょう。

予感は悪い方に的中した。
GAMEが強制終了されてしまった。
いままでとは違う。
巨大なハコがぐらりとゆれたんだ。
携帯電話はずっと圏外。
インターネットも使えない。
ICカードは誤作動し、
生活の様々な場面が立ち行かなくなった。
カタストロフはパニック映画のように
わかりやすいものではない。
それは時間をかけて進行していった。

いち早く危機を察知した
5人の博士が
それぞれ開発中の装置を抱えて
シェルターにこもった。
シェルターの中で
博士たちは研究を続けた。
博士たちは社会の
システムをリブートする際に、
新しいやり方を加えた新しいOSを
インストールするつもりだった。
「空間情報科学」という。
開発が間に合うかどうか、
時間との戦いだった。

外で起こっていたゆるやかな破滅を
シェルター内にいる人たちは
正確に知ることは出来なかった。
生命と情報を繋ぐラインが途切れ、
お互いの存在をロストした。
切断は拡大していく。
要素がバラバラになり、
まとまりをなくしていく。
境界や輪郭があいまいになり、
個の意味や価値を失っていく。

そして人が地球と乖離した。
「そういえばこのごろ人って
あまり見かけなくなったよね」
お台場上空を飛ぶ鳥たちが
そんな話をしてる。
「モグラみたいに穴の中で暮らしているよ」お台場の人工ビーチで
甲羅干しをする亀たちが噂してる。

シェルターの中の博士たちの研究は
熱を帯びていった。

「空間情報を構築する技術」
「人の行動から情報を得る技術」
「人の状態から情報を得る技術」
「情報を共有して活用する技術」
「個人の情報を守る技術」

これら5つのトピックを中心に
装置のひな形が作られた。

博士たちにも日常的な暮らしがある。
恋愛したふたりの博士の間に
赤ちゃんが産まれたりもした。
その子がこの場所をおぼつかない発音で
「アナグラ」と言った。
それが妙にウケたので、
みんながそう呼ぶようになった。
研究と実験と調査と考察と議論のすきまに、笑いがあって、
諍いがあって、
友情が育まれて、
寝食を共にして。
みんなで生きている。

Life is going on .
なぜか、アナグラを訪ねてくる人は
ひとりもいなかった。

「時は流れ人はまた去る
思い出だけを残して」

最初、博士は5人いた。
そして産まれた何人かの赤ちゃん。
「時は流れ人は去る」。
アナグラから人がひとりずつ消えていく。
10年、20年、30年、50年、100年、
やがて1000年。
1000年の間に、
アナグラのほころびに
自然たちが訪ねてきて根付いた。
両者は融合していく。
環境は人工物も自然も
大きな力で等しく抱く。

博士が消えてしまってからも、
残された装置たちは
その面影を探し続けていた。
装置たちたちはもっと
博士と一緒にいたかった。
もっと多くのことを教えてほしかった。
空間情報科学のことだけではなくて、
歯のみがき方、ボタンのとめ方、
風のよけ方、もっともっと多くのことを。
装置たちは不在の博士の面影を探した。
記憶の内と外、アナグラの内部を凝視した。融合した自然たちがその手助けをした。

とうとう残された装置たちは、
あの子につけられた自分の名前の
意味を知った。
「わたしはナガメ」
「わたしはイド」
「わたしはイキトイキ」
「わたしはワカラヌ」
「わたしはシアワセ」

そして残された装置たちはこのように思う。

「アナグラに残された
装置であるわたしたちは、
消えた博士たちの意思を
未来に届けるために存在する。
だからわたしたちは人を待っていよう。
生き延びて、いつかこのアナグラに
人がやってくる日を待っていよう。
博士と過ごした日々の夢を見ながら
ずっと待ち続けていよう」

最後に消えた博士(彼は犬を飼っていた)
の反省をある装置ははっきり覚えていた。
「まずはね、情報というものの正体を
人々に伝えることに失敗してしまったんだ」

(そしてまた時間が流れて、
今日あなたがここにやってきた)

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