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企画

PLANNING

 

『9次元からきた男』の企画が立ち上がったのは、2013年春のこと。物理学の究極の目標といわれる「万物の理論」をテーマに、今まで誰も見たことのないエンターテインメント作品を作ろう!というかけ声の下、プロジェクトがスタートしました。未だ実証されていない難解な物理学の理論を、わずか30分の映像で伝えるという日本科学未来館(以下、未来館)のチャレンジに賛同したプロフェッショナルが各界から集結したのです。

1.作品の背景

本作のテーマ「万物の理論」とは、量子のミクロの世界から宇宙のマクロの世界までをたった一つの法則で表すことができる理論です。アインシュタインが100年前に考え出した「相対性理論」は、観測技術の進歩により、現在の宇宙で起こっている現象を矛盾なく説明できるということが証明されています。一方、素粒子の世界の法則をまとめて表現した理論「標準模型」は、2012年に世界最大の加速器を持つCERN(欧州原子核研究機構)がヒッグス粒子を発見することで、予測されていた全ての素粒子が見つかり、その正しさが確かめられています。
しかし、計算技術や観測手法が進歩するにつれ、ビッグバン以前の宇宙、ブラックホールの内側、ダークマターの存在など、従来の理論では説明できない新たな疑問が生じてきました。これらの疑問に答えるには、ミクロの世界とマクロの世界をつなぐ新しい理論の構築が必要となりますが、その究極の理論こそが「万物の理論」なのです。
近年、前述のヒッグス粒子の発見によるノーベル賞受賞や、ダークマターの証拠となる観測など最先端の物理学の研究は、大変注目を浴びています。また、日本の得意とする分野でもあり、湯川秀樹氏、朝永振一郎氏、小柴昌俊氏、南部陽一郎氏、小林誠氏、益川敏英氏、梶田隆章氏など多くのノーベル物理学賞受賞者を輩出しています。関連する書籍は科学の専門書としては異例の売れ行きで、高い関心を集めていますが、理論物理学の研究は目に見える事象ではなく数学の言葉でしか表現できないため、非常に難解で一般に理解されているとは言い難い状況です。
こうした背景から、難解な理論物理学を「解説」するのではなく、理論物理学者の見ている世界を「体感」してもらうような映像で、理論物理学の世界の美しさや人間の探究心のすばらしさを感じてもらい、多くの方が科学の世界へ興味をもつきっかけになればと、このプロジェクトを立ち上げましました。

2. 実証と仮説、二つの世界をつなぐストーリー

本作のストーリーは、既にそれぞれの理論が実証されている「ミクロの世界」と「マクロの世界」、そして、それらをつなぐものとして「仮説=超弦理論」という3つの世界で構成されています。実証と仮説の関係性を明らかにしつつ、「この世界の全てを知りたい」という理論物理学者の飽くなき探求心を巧みなストーリーで展開していきます。
このストーリーに科学的な裏付けを確かにする強力なメンバーとして、監修に超弦理論の研究で世界的権威の大栗博司先生を迎えました。作中では物理学に馴染みのない方々にも楽しんでいただけるよう、専門用語を少なくするなど工夫をしていますが、その一方で、大栗先生こだわりの科学トピックが随所にちりばめられているので、科学ファンの方々にも見応えのある映像となっています。
そして、演出はホラー映画『呪怨』で知られる、映画監督の清水崇氏が担当。ホラー映画の第一人者である清水監督と科学という意外な組み合わせですが、起用にあたっては本作の目指す意図がありました。

3. 「解説」ではなく「体感」、映像によるトラウマ体験を

ドームシアターという周囲180度を囲まれた上映環境は、映画やテレビなどの四角い映像とは異なる「没入感」があり、ひとつの映像体験を生み出します。本作では、この上映環境をフルに活かし、作品が観客の心に突き刺さり、驚きとともに長く記憶に残るような、ある種の「映像によるトラウマ体験」を演出する方法を求めていました。
数ある映像表現の中から未来館は、「観客を驚かせたい!」という意図のもとに様々な工夫が凝らされるホラー映画に着目、これまで、映画『呪怨』をはじめとするホラー作品や、3D映画でも豊富な経験をもつ清水監督に演出をお任せすることになりました。「科学×ホラー」という異色の組み合わせにはこうしたねらいがあったのです。(※本作はホラー映画ではありませんので、怖い映画が苦手な方も安心してご覧ください。)

4.謎の男T.o.E.、カラビ‐ヤウ空間、ユニークなキャラクターたち

劇映画を中心に数々の作品を世に送り出してきた清水監督ですが、科学映像で、しかもドームシアターの映像を制作するのは、はじめての経験。プロジェクトに参加した当初は、素粒子の展示を見学したり、関係書籍を読み漁る日々が続きました。
謎の男T.o.E.(トーエ)の誕生について清水監督はこう語ります。「かわいいマスコットキャラクターが出てきて「万物の理論」をナビゲートしていく、という教科書的なものには絶対したくないという思いがありました。勉強していく中で「超弦理論」では、最小の単位はエネルギーのひもかもしれないという、謎の部分を残した存在を知って、「万物の理論」自体を擬人化したらどうだろうと思い、T.o.E.が誕生しました。T.o.E.という名前のアイデアは脚本の井内雅倫さんから提案いただき、キャラクター設定はスタッフみんなでアイデアを出し合って考えていきました。」
本作には、T.o.E.のほかにも「カラビ‐ヤウ空間」など、難解な物理学をテーマにした作品であることを忘れてしまうようなユニークなキャラクターが登場します。ふわふわと空中を漂う「カラビ‐ヤウ空間」はペットのようにT.o.E.にまとわりついたり、なんと鳴き声もあげます。こうした清水監督の遊び心が、本作の表現をより幅広く豊かで楽しいものにしています。

5. 最先端のデータビジュアライゼーション

本作では、ヒッグス粒子の発見と、現在もっとも精緻な宇宙のシミュレーションという、2つのデータビジュアライゼーション(科学データの可視化)にも挑戦しています。
ヒッグス粒子のシーンは、前出のCERN(欧州原子核開発機構)から衝突実験のデータ提供を受け、陽子と陽子の衝突により発生した素粒子が飛び散っていく軌跡を可視化しています。
もう一つは、138億年におよぶ宇宙の進化を、重力、流体力学、熱力学などをもとにしたシミュレーションデータから、ガスから恒星、大規模構造までを再現したバーチャル宇宙の可視化です。このシミュレーションデータはマサチューセッツ工科大学、ハーバード大学、ケンブリッジ大学などのチームで構成されるIllustris(イラストリス)プロジェクトから提供されたものです。これらのコンピュータグラフィックスは研究機関から提供された実際の研究データをもとに可視化されたものであることにも注目して作品をお楽しみいただければと思います。

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