English

9次元から来た男とは何者か?

SCIENCE COMMENTARY

大栗博司(監修)

2016年1月20日、一般公開に先立って、大栗博司氏のレクチャー付きプレミア先行試写会が行われました。レクチャーのタイトルは「9次元からきた男とは何者か」。このレクチャーを元に、本作品の科学的背景についてご紹介します。

イントロダクション

「『9次元からきた男』という映像作品は、物理学とはどういうものか、物理学者は何を知ろうとしているのかということについて皆さんに伝えたいという思いから生まれました。物理学の使命のひとつに、『自然界の基本法則を発見し、それを使ってこの美しい宇宙がどのように始まったのか、そういう根源的な問題を解明する』ということがあります。そのような科学者の姿を映像作品として伝えたい、というのが今回の目標でした」

哲学/宗教から、科学の方法へ

「人間は古代から、『宇宙はどのように始まったのか』『宇宙はどのようにしてできているのか』『その中で私たちの存在というのはどのような意味があるのか』ということを問い続けてきました。古代に発生した様々な世界観、宗教もそういう努力の中から生まれてきたのです。ところが400年前になると、これにまったく新しい方法で取り組むことができるようになりました。科学の方法です。今から4世紀前に、ガリレオ・ガリレイが望遠鏡を夜空に向けた。それによって宇宙の新しい窓が開き、宇宙の謎を、科学の方法で解明することができるようになりました。これがいわゆる科学革命のきっかけとなって、それ以来400年の間に宇宙の解明は非常に進歩してきました」

photo: Chieko Kobayashi
マクロの視点から辿る宇宙解明の歴史

「現在の研究では、宇宙は今から138億年前に高温・高密度の状態で始まったと考えられています。いわゆる『ビッグバン』です。1915年に発表されたアインシュタインの理論によって宇宙の進化の科学的な研究が可能となり、その後ハッブルによる宇宙膨張の発見、宇宙の始まりの3分間にできた水素原子とヘリウム原子の比の計算、40万年後に発せられた光の観測の3つの証拠によって、ビッグバンの存在が証明されました。ビッグバンの後、宇宙には“暗黒時代”があり、それから最初の星ができて、構造が形成され、銀河ができ、90億年後に太陽系で太陽や地球ができた。35億年後には地球に生命が誕生し、それがゆっくり時間をかけて人類まで進化してきて『宇宙はどうしてできたのだろう』、『私たちはその中でどのような位置にあるのだろう』ということを問うまでになってきた。私たち知的生命体が生まれるためには、宇宙が138億年かけてゆっくり成長してきたということが非常に重要なわけですが、ではなぜ宇宙はこんなに長生きしているのか? これは現在の宇宙の最も大きな謎のひとつで、それを理解するためには、宇宙の始まりについてもっと正確に知る必要があります」

ミクロの視点で探る宇宙誕生の瞬間

「宇宙の誕生を遡って、0.0001秒後まで行ったとすると、どうなっているか。もはや陽子や中性子さえバラバラになって、さらに基本的な粒子が飛び交っていた灼熱のスープのような状態だったと考えられています。実は現在の素粒子の世界、ミクロの世界で実験的に検証され確認されている最も最先端の理解として、『標準模型』【*註1】というものがあります。これを使うと、宇宙誕生の0.0001秒から0.00000000001秒後、0.の後にゼロが10個つくくらいの間のことをきちんと定量的に説明できます。ただし、標準模型は完璧ではない。現在の宇宙観測によって、標準模型で説明できる物質は宇宙全体のほんの5%しかないと考えられています。残りの27%はダークマター、さらに宇宙の7割近くはダークエネルギーと呼ばれる不思議なエネルギーでできているとされ、『400年かけてやっと宇宙が全部わかったと思ったら、まだ5%しかわかってないじゃないか』という状況になっているわけです。この標準模型で理解できない、その先の状態にはいったい何があったのか。それを知るためには、標準模型を超える、より根源的な理論が必要になると考えられています」

【*註1】素粒子の世界の現在分かっている法則をまとめて表現した理論。

「万物の理論」≒「超弦理論」?

「標準模型を超えた宇宙の状態がどういう風になっているかを理解する上で、最も重要な仮説のひとつが、『宇宙インフレーション理論』というものです。このインフレーションの時代の宇宙の状態を、定量的にきちんと理解するためには、マクロの世界の重力の法則と、ミクロな世界の素粒子の法則を統合した理論を理解する必要がある。このような理論の一番有望な仮説が『超弦理論』です。超弦理論では、物質の一番基本的な単位が『点』ではなく『ひも』です。これはまだ仮説の段階で、実験的に検証されている理論ではありません。超弦理論の研究ではいろいろな次元のことを考えるということが重要で、今回の映像でも、9次元の世界を考えます。我々はこの3次元の空間を経験しているわけですから、6次元、余計な次元があるわけです。そしてこの6つの余計な次元は、小さな『カラビ‐ヤウ空間』となって、直接観測できないものだと考えられています。

私たち理論物理学者のひとつの課題は、カラビ-ヤウ空間の構造から素粒子の世界とか宇宙のはじまりについて定量的な予言を導くことですが、カラビ-ヤウは非常に複雑な空間で、数学的にもその構造はまだまだよくわかっていません。これを解決するのは、私の研究の課題ですが、それについてお話しするのは、また別の機会に」

まとめ

「『9次元からきた男』という作品は、重力を使って宇宙を理解しようとしているマクロな世界の法則と、素粒子のようにミクロな世界の法則とを結びつける、究極の統一理論がどういうものであるか、それを追いかけつづけている科学者たちの姿を映像として表現したものです。彼=T.o.E.(トーエ)が何者であるかは、まだ解明されてはいないのですが、僕も限られた人生のなかで、できるだけ彼に迫りたい。理論物理学の世界では数学の力が非常に重要で、数学の力と、実験・観測とを組み合わせて、宇宙の謎を解明していきたいと考えています。そして残したところは、また次の世代の人にさらに追いつめていただきたいなと思います」

大栗氏のレクチャーはこちらでご覧になれます。
「9次元からきた男」をさらに深くお楽しみいただけます!

用語解説

9次元からきた男とは何者か?

大栗博司(監修)