博士の資料より

皆の未来に役立つ空間情報科学を求め、
博士たちは6人の研究者に会いにいきました。

File.01 空間から情報を得る技術

その場にいる人々をつないで、みんなの力に

博士A:私がアナグラに持ち込んだのは「ナガメ」という装置だ。空間そのものをデジタル化して、いわば3次元の白地図をつくることができる。

博士B:私が開発したのは、人を追跡し続けることができる装置「イド」。我々は開発のヒントを得るために、その道の専門家に話を聞きにいった。これはその記録である。

2011年某日 空間情報科学研究センターにて

今どこで何が起きているかを知る
博士B
私が「イド」を構想していた時に、空間情報科学という言葉を聞きました。柴崎先生が使い始めたのでしょうか。
柴崎
この分野の研究の始まりは、1950年代に遡ります。ワシントン大学で、地理学者たちが、データの集計や解析結果を地図上に表示する目的で、当時生まれたてのコンピュータを使い始めたのがきっかけでした。80年代には、GIS(地理情報システム)という言葉ができて、都市計画や交通などの工学の分野に広がりました。90年代に入ると、建築から街区や国土まで、さまざまなスケールの地理「空間」を扱うようになります。そうした研究の進展があって、1998年、東京大学に「空間情報科学研究センター」を設立したのですが、日本で公式に名前が出たのは、おそらくそれが初めてです。
博士B
空間情報科学を分かりやすくいうと?
柴崎
位置や場所を手がかりに、実空間と情報空間を緊密につないでいって、実空間に必要な情報をうまく使えるようにする科学技術です。それにはまず、対象となる人やモノの状態をセンシング(計測)して、データを集めることが必要です。次にその情報を統合、解析して、「今、どこで何が起きているのか」を把握します。そして地図上に表示するなど視覚化して分かりやすく伝えたり、次に起こることを予測してアドバイスします。こうして実世界に起こるさまざまな問題の解決を支援する、というのが空間情報科学の考え方です。
デジタル空間地図の構築
博士A
なるほど。私が開発した「ナガメ」は、空間をセンシングしてデジタルの空間地図をつくる装置ですから、空間情報科学を実現する装置のひとつといえますね。そうしたデジタル地図をつくる技術は、今、どこまで進んでいますか?
柴崎
建物や道路などの動かない地物を対象に三次元地図をつくる技術は、ほぼ実用段階に入っています。現在の研究課題は、どうしたら、さまざまなセンサーを載せた車を走らせるだけで、自動的に完全な地図を生成できるか、ということです。自動化のレベルをどこまで上げられるかがポイントですね。さらに、今は歩行者や自動車など、動いている物までセンシングできますので、その動的なデータを地図上に表示して、混雑している場所や流れを理解する研究に移行しています。舗道にいるのは男性か女性か、辺りを見回しているので道に迷っているようだ、などと状況を推定できるところまできています。
博士A
「ナガメ」がつくる地図を基盤に、そこに存在する人や物の動的な情報、例えば「イド」からの情報を統合することが大事になるんですね。
行動パターンを把握せよ
博士B
「イド」は、人間を追跡して軌跡を表示する装置です。この技術領域ではどんな研究課題があるのでしょうか?
柴崎
例えば、歩行者を正確に追跡するために、人が歩く時の制約や知識を使っていかに情報を補完するかという研究があります。歩行における一定のパターンを読み取って利用すれば、トンネル内など観測できない場所のデータの穴を埋めることができますし、急に10メートルジャンプしたようなありえない軌跡は、ノイズとして除外できます。
博士B
それはいい!「イド」にも採用しよう。
柴崎
人間の行動に関する知識と観測データを組み合わせると、さらに深い情報を得ることができます。例えば、いつも同じ人の後を追いかけている人は、ストーキング行為をしている可能性があるとか、ガードマンが近づいたときに顔の表面温度が上がる人は、やましいところがあるのかもしれないなど。赤外線温度センサーと位置センサーを組み合わせれば、怪しい人を特定してマークし続けることができるでしょう。
空間情報を共有する社会へ
博士B
空間情報科学は、特にセキュリティ技術として有効なのですね。
柴崎
セキュリティという限られた分野だけではなく、もっと多くの人を対象とした日常的な場面で使われていくでしょう。例えば、GPSによる広範な追跡データを使えば、たくさんの人の流れの制御や誘導ができます。電車が止まると駅に人が溢れて、代替輸送のバスには大行列ができますよね。その状況を駅周辺の店と共有できれば、居酒屋では足止め客を当て込んだ臨時サービスができます。急いで帰宅する必要がなければゆっくりしていけばいい。穏やかに人を分散させることができるのです。相乗りタクシーにも使えます。行動データの履歴から帰る場所を先読みして、同じ方向に向かう人を揃えてあげれば、協調しやすくなるでしょう。
博士A
情報を共有することで、新たな協力関係が生まれるということでしょうか?
柴崎
そうですね。例えば、交通渋滞で迂回路が一ヶ所に集中しないよう、みんなで分散するのも、ある種の協力ですよね。体が悪くて逃げられない被災者がいたら、赤の他人でも場所が分かれば助けてあげられる。「今どこで何が起きているか」を知ると、協力が拡がるんですよね。今はまだみんな情報を抱え込んでいますが、情報は絶対に枯渇しないし、お互いに出し合うと新しい発見があります。まさに、情報は人類最大の資産です!
自分の情報を自分で管理する
博士A
人はなぜ情報を抱え込んでしまうのでしょうか?
柴崎
ひとつには、出してしまった情報が何に使われるのか分からない不安があります。情報を出すことで他人が得をして、自分ばかりが損をするかもしれないと考えるのでしょう。もうひとつの重要な要因は、ひとりひとりの位置情報がプライバシー情報であることです。例えば、携帯電話は常に基地局と交信しているので、利用者の所在情報は携帯電話会社に残っているはずです。でもこれは通信の秘密に該当するので、外には出せないデータです。東日本大震災の時には、例えば、行方不明になった親戚を捜そうとしても、この情報を使えませんでした。データがあったのに全く使えなかったという問題は、なんとかする必要があります。
博士B
それらの問題に対し、先生はどのような解決策を考えていますか?
柴崎
自分の個人情報は、本来自分自身で管理し、自分のために使えるようにすべきです。その仕組みとして「情報銀行」を試みています。個人の情報を、その人が情報銀行の自分の口座に預け入れて、自分のために使えるようにする仕組みです。一方、災害の時のようにどこに何人取り残されているのかを救助する側が知りたいときには、銀行経由でプライバシーが漏れないように人数だけを教えるということができます。お金を扱う銀行のように、自分が預けた情報が確実に守られた上で、その情報が社会にいろいろな形で貢献ができるというのであれば、情報共有や活用が進むはずです。
人と人をつなぐテクノロジー
博士A
情報銀行が社会に浸透すると、個人情報に対する考え方も大きく変わりそうですね。では最後に、先生は究極的にどんな社会を目指しているんでしょう?
柴崎
社会的問題に対して、新しい技術をむやみに繰り出してもなかなか使ってもらえません。例えば、足腰の弱いお年寄りの移動を支援するのに、超高性能車イスを配り、道路を自動走行させて買い物に連れて行くなんて、ちょっとありえませんよね。それよりも近くの人が、何かのついでに自分の車に乗せてあげて、一緒に買い物をするほうがいい。「どこで何が起こりそうか」の情報を共有して助け合えば、結構いろんなことができるんです。とにかく新しい技術・高度な技術を適応して問題を解決するというのが「戦って勝つ」ならば、これは「戦わずして勝つ」テクノロジー。孫子の兵法ですね。
博士B
情報技術に対するイメージも変わりそうです。
柴崎
これまでの情報技術は、端末を覗き込んでばかりで周りに誰がいても気にしないような、どちらかというと閉じ込もったイメージだったでしょう。しかしこれでは何か変だ、とみんなが思い始めています。端末の向こう側の情報よりも、実は隣にいるお婆さんのほうがいろんなことを知っているかもしれません。だとしたらその方に尋ねたほうが、ずっと面白い話が聞けるでしょう。あくまで主役は人間です。でもそのためには人と人を結びつけるお手伝いや演出も必要で、空間情報科学はそのお手伝いをするわけです。
空間情報科学の考え方 空間情報科学の考え方

センサー機器を用いて実空間の状況を計測し(①)、情報空間で今後起こりうる問題を解析(②)、その結果を、情報機器を介し、実空間に支援情報としてフィードバックする(③)。この絵の場合の支援とは、歩行者が自転車にぶつからないよう危険を通知するというもの

自動生成された三次元地図 自動生成された三次元地図

レーザーセンサーやステレオカメラ等を搭載した車を道路に走らせるだけで、道路に関わる地物情報を自動抽出できる。
出典:趙卉菁、柴崎亮介「車載型レーザ・CCD画像による三次元都市空間モデルの構築」

情報銀行のイメージ 情報銀行のイメージ

顧客は情報銀行へ行動履歴や購買履歴などの個人の活動情報を預け、運用を依頼する。情報銀行は顧客との契約にもとづき、匿名化を行ったうえで、サービス事業者に情報を提供する。顧客は見返りとして、サービス事業者から高付加価値のサービスを受けられる

柴崎亮介
柴崎 亮介(しばさき りょうすけ) 東京大学空間情報科学研究センター教授。1958年生まれ。82年東京大学大学院工学部土木工学科修了。建設省土木研究所勤務の後、東京大学工学部助教授(88-91)、同大学生産技術研究所助教授(91-98)を経て、98年より現職(2005-10年センター長)。これまでにGIS学会長、アジアGIS学会長を歴任。ISO(国際標準化機関)のTC211(地理情報専門委員会)にて空間データの品質評価手法の国際標準作成に関するプロジェクトリーダー(1998-2003)、GEO(地球観測グループ)のデータ・構造委員会共同議長(2008~現在)を務める。

東京大学空間情報科学研究センター 柴崎研究室
http://shiba.iis.u-tokyo.ac.jp/
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