2023年11月、3階の常設展示ゾーンにロボットをテーマにした2つの展示を新たに公開しました。人とロボットが暮らす未来のまちに入り込んでゲーム感覚でまちを探索する「ナナイロクエスト –ロボットと生きる未来のものがたり」と、多様なロボット研究を一度に見られる「ハロー! ロボット」。どちらもロボットとの関わり合いから未来を考える展示です。アプローチの違う2つの展示の制作背景や特徴を、監修者と展示担当に語ってもらいました。

語り手

ナナイロクエスト –ロボットと生きる未来のものがたり
監修(ロボット技術) 安藤健氏(早稲田大学 次世代ロボット研究機構 客員次席研究員)
監修(問い・体験) 塩瀬隆之氏(京都大学総合博物館 准教授)

ハロー! ロボット
監修 茂木強(科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー)

展示担当 岩澤大地、佐野広大(ともに日本科学未来館 科学コミュニケーション室 科学コミュニケーター)

左から岩澤大地、塩瀬隆之氏、安藤健氏、佐野広大

佐野と茂木強

「考える体験」自体を展示に

──「ロボット」という共通テーマのもと、アプローチのまったく違う2つの常設展示が誕生しました。

安藤 「ハロー! ロボット」は実機がありますから、「ロボロボした」印象ですよね。

一方で、「ナナイロクエスト」はオリエンテーリングみたいな感じ。来館者は歩き回ってドキドキしながら探索をする中で、未来の社会を「体験」するスタイルです。そして、こちらには動き回るようなロボット実機はない(笑)。

社会の中でロボットがどういう存在になっていくのか、未来の自分とどういう関係性になるのか、その時の自分はロボットにどんなことをしてほしいと思っているのだろうか。そんなふうに、「自分ごと化」しながら考えること自体を楽しむ展示になっています。

塩瀬 「ナナイロクエスト」はロボットの展示としては、じつに新しいスタイル。

展示の制作チームから監修の依頼があった時、「常設展示をリニューアルするにあたって、未来館を卒業したヒューマノイドロボットの次のスターとなるようなロボットを置くだけにはしたくない。未来にロボットがある暮らしというのを、来館者の皆さんに考えてもらう場を作りたい」って言われたんですよ。「それだったら面白そうだな」と思ったんですよね。

──ロボットのある未来を「来館者自身が考えていく体験」が展示ということですね。

安藤 はい。体験展示は、今の時代にも合っていると思いますね。

AI、通信、モノづくりなど、さまざまな技術の発達とともにテクノロジーは多様性に寄り添える時代を迎えました。これからテクノロジーと社会の関係は変わっていきます。

インタビュー中の安藤氏

安藤 例えば料理がテーマのロボットなら、お任せにしたいのか、自分がアレンジする楽しさを追求したいのかといった選択肢が出てきます。

仕事が忙しい家庭ならロボットに全部をお任せという製品を要望するでしょう。逆に「誕生日ケーキを大切な人に作ってあげたい」という人の場合は、全部をお任せにしたら、つくる喜びが減りますよね。それなら、アレンジのバリエーションを増やす方向性にテクノロジーを使えばいいわけです。

つまり、「私たちの車はこう」「私たちのロボットはこう」という風に私たち自身が製品のデザインの考え方を決めていくようになり、使い手の側に自立性が生まれてくるのです。

メーカーが「これだ」と決めた製品を作りきるのではなく、ユーザーの考えを入れ込む「余地」が製品作りに求められています。

佐野 2021年に閣議決定された第6期科学技術・イノベーション基本計画では、「⼀⼈ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会」という表現が登場しました。個々人にとって「幸せな状態」に科学技術がいかに寄与できるかが問われているのです。

幸せという価値観は人により異なりますから、人々が見据えている未来像を、解像度を上げてみていく必要があります。私たちも、科学技術と社会課題の関わりについて、いろんなアイディアを吸収したいと考えています。

サイエンスミュージアムが対話の場をつくる役割に

──私たちはテクノロジーに対する「恐れ」の気持ちを抱くこともあります。人々がロボットの未来像を描くとき、ポジティブとネガティブと両方の考え方がありますね。

塩瀬 テクノロジーに関しては、未知の領域が増大しています。二足歩行のようなロボットはわかりやすいけれど、AI(人工知能)などの発達もあいまって、外からは見えないソフトウェアさえもロボットだと言われるようになってきました。

インタビュー中の塩瀬氏

「ようわからんもの」を家の中に取り込んでいるという感覚が強まっているのではないでしょうか。社会の中で共有する知識がバラバラな状態で、「見えない技術」が生活に入っていくと、「ロボットやAIが人の仕事を奪うんじゃないか」といった恐れが芽生えてきます。

そこで、まずは偏りなくさまざまな角度からの情報を受け取って、自分に問うてみる機会を持つことが大事ですね。

岩澤 今後、ロボットが社会に実装されていく中で、人々がどんなジレンマに遭遇し、それぞれの人がどんな選択をしていくかが問われていきます。

常設展のリニューアルを企画する段階で、いかに「考えごたえ」がある展示を作れるかという模索が続きました。

塩瀬 監修にあたっては、サイエンスミュージアムである日本科学未来館(以下、未来館)の大切な役割は、訪れる人たちに問いを手渡し「対話の場をつくる」ことだと考えました。

そのために私たちが一番苦心したのは、問いのデザインです。ロボットの研究者たちが考えている問いをそのまま「どうぞ」と渡すのではなく、さまざまな事例の体験を通して考えてもらうようにシナリオを複数用意しました。

フロアに展示されているパネル。3つのツアー(シナリオ)を用意した

塩瀬 それぞれの物語でちょっとしたモヤモヤを入れながら柔らかく問いかける。例えば「伝統工芸の技術を後世に残すために、ロボットを使うのはどうか」といったテーマもその一つ。

きっと、「ロボットに継承してもらうのは嫌だな」と否定的な気持ちになったり、逆に、「ロボットを活用したほうが着実に伝承できるな」と共感したり、いろんな反応があるでしょう。

来館者自身が「あれっ? 自分ってこういう考え方をするんだな」と気づくことが新たな発見に結びつき、課題を解決する力や新たな創発を生みだす力にもつながっていくと思うんです。

──展示の最後に、「パレットスペース」というコーナーを用意してありますね。

岩澤 ここは、来館者それぞれの考えを吐露する場なんです。未来を先取りしてさまざまなシチュエーションを体験してもらった上で、最後の問いかけが出てきます。

それに対して、皆さんが入力した多様な「意見」が画面上に次々に出てきてスクリーンに投影される仕掛けです。

さまざまな意見が「いろんな色」として混ざり合う、絵の具のパレットのようなイメージです。それぞれの人の中にある「内なるモヤモヤ」を開示し合えるような展示空間ができるといいなと考えました。

塩瀬 来館された方たちが、ロボットとの付き合い方を考える判断材料として、これらの情報を持ち帰ってくれるといいなと思っています。

また、未来館に集まった意見全体が、やがては大切な知見になるでしょう。私たちが社会全体として冷静に科学技術を受け入れられるように、サイエンスミュージアムが未来の羅針盤みたいな役割ができたらいいですよね。

展示の最後にある「パレットスペース」

見る人に「新しい発見」をもたらす実機展示も

── 一方で、「ハロー! ロボット」は、さまざまなロボットの実機が展示されています。これはどのようにセレクトしたのでしょう?

佐野 従来のロボット像に縛られることなく、見る人にとって意外性があって新しい発見をしていただけるラインアップを選んでいます。

監修の茂木さんも編纂に携わった、ロボットの研究開発に関する報告書をもとに、大学のラボで今まさに研究開発中のロボットも多数リサーチし、多様な方面から展示協力していただきました。

「ハロー! ロボット」の展示の様子

茂木 すでに製品化されている、コミュニケーションロボットの「aibo(アイボ)」や「LOVOT(ラボット)」も展示しています。

人とともに過ごすことを前提としたロボットの存在やそれを社会が受け入れている状況も、非常に特徴的だと感じます。コミュニケーションロボットは、日本の技術の粋ではないでしょうか。

インタビュー中の茂木氏

今回のラインナップの見どころの一つとして、生き物の動きを研究し、そこからヒントを得てロボットに生かす方法から生まれた展示があげられます。

例えば、未来館オリジナルパートナーロボット「ケパラン」。二本の足で立ちながら、自律的に姿勢を保っています。

また、動物の身体の一部を再現している、「ウマ後肢型ロボット」。これは、ウマの後肢の部分だけを真似をして作られた、生物規範型と呼ばれるロボットの研究開発ですね。生物が進化の過程で獲得した、「無駄のない振る舞い」を探求しているわけです。

ウマ後肢型ロボット。実際に動く様子も見られる

佐野 この展示では、アカデミックで行われている最先端のロボット研究、一般の方とコミュニケーションを目的とした製品レベルのロボット、企業の技術の粋を活用したここでしか見られないロボットなど、社会実装に向けた色々な段階のロボットが並んでいます。

これらのロボットが将来どう活用されていくのか、どんな風に生活に入り込んでくるか、想像を膨らませながらじっくり観察・体験してみてほしいです。

茂木 来館された方々には、「こんなロボットもいるんだ!」という多様なロボットの可能性をビビッドに感じてもらえたらうれしいですね。

未来館オリジナルのパートナーロボット「ケパラン」

企画・ファシリテーション