topics vol.028

月探査の歴史

2009年はアポロ11号が月面に着陸して(左写真)、ちょうど40年という節目の年であった。かつては全世界が月探査に情熱を傾けてきた時期もあった。そんな人間と月の歴史を、まずはふり返ってみよう。

月探査の3段階

「月探査の歴史は主に3段階に分けられます」と月探査情報ステーション代表で、月研究を行う寺薗氏は語る。
第1段階は、1960年代だ。月に人を送ろうと、アメリカとソ連が開発競争をくり広げた時期だ。アポロ11号で人が月面に立った事実は、人類の科学に大きな飛躍をもたらした。政治的背景が強かったが、実際に「そこへ行ってみる」技術が確立されたことは、アポロ月探査の最大の功績と考えられる。

第2段階が訪れたのは、1990年代だ。第1段階の観測により、月はどのように生まれ、どのように進化してきたのかなど、新たな謎が生まれた。それを探査するために、日本・アメリカ・ヨーロッパを中心にさらなる探査が行われた。代表的なのがアメリカの探査機「クレメンタイン」(左図上)だ。「クレメンタイン」は紫外線から赤外線までの幅広い波長帯の観測により、鉄やチタンなどの月面の鉱物分布を調べることに成功した。

2000年代以降に、月探査の第3段階が訪れた。将来、月に人が長期滞在するための探査である。世界中で探査機が打ち上げられたが、その先陣を切ったのが日本の月周回衛星「かぐや」(左図下)だった。「かぐや」がハイビジョン映像でとらえた月面風景は、多くの人々に新たな月体験をもたらしたが、科学研究の分野では、月の起源に迫るための調査で成果を上げた。例えば、月の表側と裏側に重力異常があると観測したことで、地下構造のつくられ方の違いを明らかにした。「かぐや」はさらに、レーザ高度計の観測データに基づく月全球の詳細な地形図の作成に成功した。また、アメリカの探査機「ルナー・リコネサンス・オービター」と、同時に打ち上げられた衝突型探査機「エルクロス」は、昨年の11 月、月にも水(氷)が存在することを確認した。他にも2007年10月に中国の月探査衛星「嫦娥(チャンア)」が、2008年にインドの月探査衛星「チャンドラヤーン1号機」が打ち上げに成功した。こうした成果により、人類が再び月を探査する機運が高まった。

月研究の意味

なぜ研究者は月を調べようとしているのか。
「月に行かないと分からないことがたくさんあるのです」と寺薗氏は語る。
1つ目に、地球をより詳しく知るための研究がある。今までの探査により、月と地球はもともとひとつの星であることが分かってきた。月と地球の起源を遡ると、原始地球に原始惑星が衝突し、破片が生まれ、その破片から月が生まれたのではないかと考えられている(左図)。寺薗氏は、
「地球では空気や水が地球の表面を削ってしまうため、昔の情報が残されていません。しかし月には、形成された当時から今までの情報が残っていると考えられます」と話す。

2つ目に、太陽系を深く知るための研究がある。寺薗氏は、
「月には45億年前の、太陽系ができた当時の岩が残っていることが確認されています。こうしたものから、太陽系の成り立ちを知ることができるかもしれません。また、月ぐらいの小さな天体がどのように生まれるかを知ることができるかもしれないのです」と話す。また、
「月に行き、何かを調べることは大変重要です。人間には思いがけない物を発見する能力があります。例えば45億年前の石も宇宙飛行士が偶然発見したのです。こうした能力は機械やロボットよりも優れています。周りを良く観察できる研究者が月に行く必要があります」と語る。

一方、宇宙航空研究開発機構で有人月探査計画検討に携わる佐藤直樹氏も、有人月探査について、
「人間には、その場で判断する能力や、周りの状況を考えて対応していく能力など、ロボットや機械よりもはるかに優れた能力があります。月開発にはそんな能力が重要になります」と語る。

アポロ11号の乗組員が月面着陸したときの足跡

クレメンタイン



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