デザインと工学の狭間で

情報デザイナーに求められる資質とは何か。美術的な表現や工学のスキルもさることながら、創り出したかたちを自ら説明する知識と言葉が重要になる。須永氏は情報デザインの専門家として異分野と組んだ2つのプロジェクトで、そのことを、身をもって体験したという。

コンピュータ科学者との研究プロジェクト

1999年、北海道大学・知識メディア研究室の田中譲教授から、未来開拓研究推進プロジェクトに誘われた。データベース構造やソフトウェア理論などの専門家が集まって、「感性的ヒューマンインタフェース」を研究するプロジェクトである。須永氏率いる情報デザインチームの役割は、知識空間のビジュアルデザインを行なうこと。コンピュータ科学者の集団の中に、デザイナーがガッチリとくみ込まれたのである。

「そのとき僕は、初めて、本当に工学とデザインが組み合う体験をさせてもらいました。工学の研究者はものすごくクリエイティブ。しかし、デザイナーの思考と全く違う方法で考えをくみ立て、それを表現している。彼らの分野で生まれている知識、そして知識が生まれ出るところを見せてもらったときに、工学にデザインを結合させることで、人工物を創る階段をひとつ上がることができるはずだと思いました。これこそマルチディシプリン(複数の専門分野が横断的にひとつの研究課題にとり組むこと)によるエキサイティングな知の創発にちがいない、と気づいたんです」。次世代デザインは、さまざまな学問や知識、実践を互いに越境して行なうその中にあると、実感した瞬間だった。

このプロジェクトで須永チームは、データを関係づける新しいロジックを使った、データ空間のデザイン「Fullerene」や歴史の「教科書」をデザインした。「Fullerene」は、液状化しているデータが観察者の視点において結晶する状況を動的に視覚化する表現。「教科書」では歴史という膨大な知識空間に対し、文脈と文脈をリンクさせて、時間・空間を自在に移動できる空間が描かれた。

「情報デザインとしては、コンピュータ科学の知をなんとか受けとり立派な研究成果を出すことができました。しかし、デザインと工学が融合した上でのソリューションを生むところまではいかなかった。僕は両者をなんとかマージさせて、デザインの描いたかたちが本当に動き出すことを期待したんですが…。工学研究のオリエンテーション(指向)は、知識の論理とそれを構造化する仕組みを深化させるところにありました」。

未来開拓では非常に刺激的で得るものが多かったが、デザインの観点から期待した結果にたどり着けないもどかしさが残った。だがその経験がバネとなり、次のプロジェクトにつながっていった。CREST「デジタルメディア作品の制作を支援する基盤技術」領域だ。この領域では、最終的に実社会で役立つ手法や道具を生み出すことが求められている。

市民の表現を創出するツールの開発

2006年に採択されたCRESTの研究プロジェクト「情報デザインによる市民芸術創出プラットフォームの構築」では、そのプロジェクトの主体がデザインになり、情報デザインを核としたとり組みに工学と文系の学問が参加する構図となった。須永氏をリーダーに、人工知能を利用した知識支援の研究を行なう堀浩一氏(東京大学)、インタフェースやSNSを研究する西村拓一氏(産業技術総合研究所)、メディアと社会の研究を行なう水越伸氏(東京大学)が加わった。それぞれの研究チームが連携して、情報デザインの新しい課題にとり組む研究が始まったのだ。

CRESTプロジェクト「情報デザインによる市民芸術創出プラットフォームの構築」のための研究体制とそれぞれの役割
CRESTプロジェクト「情報デザインによる市民芸術創出プラットフォームの構築」のための研究体制とそれぞれの役割

須永氏がCRESTで試みるのは、市民がそれぞれの表現を集合させ、コミュニティの中で編み上げていくためのプラットフォームをつくることだ。 「人々の日常生活の中にはさまざまに豊かな表現が生まれているはずです。それらが編まれる中に、その時代や地域を生きる彼らの関心や、社会の像が現れるはず。それを人々が自ら俯瞰できる場をつくってみたい」という。さらに、「市民が表現したことを相互に価値づける仕組みを、情報デザインとメディアの技術によってつくってみたい」とも。

ブログやYouTubeといった、表現のための技術的な環境は充実してきた。しかしそこから本当に豊かな表現が生まれてきているのか。未だ、社会的に、文化的に、そして歴史的に豊かなメディア表現が生み出されているとはいえない。

CREST須永チームは、その最初のステップとして、「Zuzie (ズージー)」という名のコミュニケーションツールを開発した。学習を支援する道具であり、Zuzieワークショップ参加者が、それぞれが創作した表現を集合させ共有することから、表現対象の理解を深めることを支える。学校やミュージアムの学習の現場をターゲットに、表現を分かち合うことと、そこに本当のコミュニケーションが生まれる喜びを体験しながら、共同的で自発的な学びを促進するツールだ。



2006 (C) NATIONAL MUSEUM OF EMERGING SCIENCE AND INNOVATION