そもそも野地氏はなぜこのような研究を始めたのか。それは大学院の博士後期課程で与えられた研究テーマに遡るという。しかし、当時の指導教官は、世界の多くの研究者の予想に逆らって、ATP合成酵素が回転しないことを実験的に証明するようにと野地氏に告げた。最初はその仮説に従い生化学的な方法で実験を進めていたが、否定する結果しか出ない。それでも指導教官と二人で研究を進めていったが、そのうちに「回転した方が理論的には自然ではないか」と思い始めたそうである。

そんな中、たまたま参加した学会で1分子観察[★3]という物理化学的な手法について知った。「この方法自身、非常に魅力的でした」と野地氏は振り返る。そしてこの手法で回転していることを証明したら自分も研究者として認めてもらうことができるかもしれないと考えた。そこで研究室を紹介してもらい、1分子観察の共同実験をすることにした。

「運が良くて、一回目でうまくいきました」。
実験を始めて半年後には、「今思うと例外的に」観察は成功した。もちろん複雑な実験計画も練っていたが、最初はできる限りシンプルな実験方法を試すことにし、それが逆に功を奏したという。

「最初のトライアルが成功するかしないかでその後のモチベーションが違いますね。成功したことによって、研究者としてNobodyからSomebodyになったなという直感がありました」と野地氏は語る。しかしその時、野地氏と共同研究者の関心事がもう一つあった。それは分子モーターの回転の向き。実は二人はフランス料理を賭けていた。結果は反時計回りで野地氏の勝ち。

そんな順調な滑り出しだったが、その後追試や再現性の確認に苦労したという。その過程で学んだのは、「分子の気持ちになって考えること」。生体分子の扱いの難しさを表すコメントだ。


[★3]1分子観察

観察する時に、分子ひとつひとつの挙動を観察すること。分子はナノメートルサイズであり、普通に顕微鏡を覗くと、たくさんの分子の挙動の平均になってしまう。蛍光物質を付加したりして、分子を個別に観察することによってその動作原理などが明らかになる

2006 (C) NATIONAL MUSEUM OF EMERGING SCIENCE AND INNOVATION