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Re:バザール サイバースペースの"共創"新時代

特集 vol.2_2

オープンソース、そして「Ruby」

知的活動の新作法

まつもと ゆきひろ [ネットワーク応用通信研究所]

まつもと ゆきひろ氏は、プログラミング言語「Ruby」の開発者として、今、世界中の同業者やコンピュータサイエンティストたちから熱く注目される存在だ。Rubyにはさまざまなプログラミング言語の良い部分が取り入れられ、また、インターネット上のサービスの開発に適しているため、世界的規模で、爆発的な勢いで普及しつつある。
ソースコードを広くインターネット上に公開して多くの人々が共有し、皆で検証しながら開発をし続けていく。Rubyはそんな“オープンソース”によって開発された、日本初の日本生まれのプログラミング言語である。
そもそも、プログラミング言語の開発とは? そしてオープンソースによる開発の舞台裏とは? 松江を拠点に活動する、まつもと氏の研究所を訪ねた。

まつもと ゆきひろ

インタビュー=常盤拓司[日本科学未来館元スタッフ]

オープンソース、そして「Ruby」(後編)

オープンソースについて

「Rubyを仕事に使っている人、手を挙げて」
米国コロラド州デンバーで、2006年10月に行われた「Ruby Conference 2006」のひとコマ。Rubyの開発者や利用者が集まり、技術的情報等を交換し交流を深めた。300人以上の参加者が集い、カンファレンス会場は熱気にあふれた 写真提供=まつもと ゆきひろ

閉会直後、参加者と撮影した集合写真。
参考までに、会議の内容は、ウェブマガジン「Ruby Magazine」で報告されている。 http://jp.rubyist.net/magazine/?0017-RubyConf2006Report
日本でも昨年6月、お台場の産業総合研究所にて、初めての本格的な「日本Rubyカンファレンス2006」が行われた。http://jp.rubyist.net/RubyKaigi2006/



Q 95年に(ソースコードを)公開しようと考えたのはどうしてですか?

わりといいものができたので、みんなに使ってみてもらいたいと考えたからです。でも、そもそも公開しないという考えはありませんでしたね。

大学3年生の頃からUNIX環境でフリーソフトウェアを使って研究をしていました。フリーソフトウェアの恩恵を受けながら(研究者として)育ってきたので、フリーソフトウェアが当たり前であり、生活の一部でした。また、cmailというメールリーダーを開発していたので、オープンソースでの経験がありました。

だから、ソースをオープンにするのはごく自然な流れでした。ただ、当時は、仕事になるとは思っていませんでしたが。

Q オープンソースによる開発で得られるメリットやデメリットについて、どうお考えですか?

ソースを公開しないということを考えたことがないので、デメリットを挙げるのは難しいですね。

メリットは、僕はもともとUNIXでの開発しか経験がなかったのですが、ソースコードを公開したことによって、皆さんがいろいろなOSに移植してくれました。海外には携帯電話で動くようにした人もいます。今では、とても一人では手の届かないほど、いろいろなプラットフォームでRubyが動いています。

また、バグの報告や修正による信頼性の向上や、新しいアイデアの収集・検討なども行えます。オープンソースにしていることでいろいろな人がRubyについて意見を言い、ソースコードをいじることができる。このメリットは大きいと思います。

Q たくさんの人とのコミュニケーションは、日々、どのように行われているのでしょうか。管理は大変ではないですか?

バグ報告なども含めて、コミュニケーションをすること自体は楽しいですね。クレームのような問題もまれにありますが。

CVSリポジトリ(ソースコードの管理システム)に対して参加する権限を持っている人が世界中に40名ほどいて、ソースコードの修正などは、そういった方々にお願いしたりしています。

ユーザー数は、今、海外の方が多いですね。「RubyForge」というウェブサイト上で、Rubyで動く新しいシステムやソフトウェアの開発プロジェクトを統括しているのですが、そこではたくさんのプロジェクトが動いています。そのほとんどが海外の人中心で、日本人は数パーセントですね。

こういう状況の背景には、一つには「RubyForge」が英語のウェブサイトだということがあると思います。それからユーザー数。日本のユーザー数と日本以外のユーザー数を比べると、海外のほうが多いということだと思います。

Q Rubyはいろいろな利用のされ方をされつつありますが、どう思いますか?

みんな結構がんばってるなあと思いつつ見ています。正直あまり言うことはないのです。ただ、Winny上のトロイの木馬を作られたときにはさすがに勘弁してほしいと思いましたが。でもそれを含めて、使われ方は様々であってほしい、むしろできるだけ自由に使ってもらいたいと思っています。Rubyの開発をしている立場としては、できるだけいろいろな使われ方があることで、新しいアイデアや問題点が抽出されてくると思う。

ところで、今、ソフトウェアを作るのにかける時間がどんどん短くなってきているように感じます。昔だと1つのシステムに2~3年位かけるのが当たり前だったのが、3ヶ月でリリース、1年経ったらシステムを作り直す、というペースが当たり前になってきている。

開発にかける時間がどんどん短くなって作る効率が重視される。それにより、開発する人のニーズに対して柔軟に対応できるプログラム言語が重要視されるようになるのではないかと思います。

http://rubyforge.org/
「Ruby Forge」に参加しているプロジェクトは、2007年3月1日の時点で2951。インターネット関係が最も多く(607プロジェクト)、次いでソフトウェア開発(517)、システム(240)、コミュニケーション(168)、ゲーム(123)、データベース(117)が続いている。「Ruby Forge」では、バグの報告など、参加者が共同で行うサポートサービスも展開している

ネットワーク時代のライフスタイル

Q 松江市に、生活の拠点を置かれているのはなぜですか?

僕は、もともと都会が嫌いでした。出身が米子市、大学が筑波大学、最初浜松に就職し、名古屋の会社に転職したのですが、地下鉄に20分くらい乗るのさえ、住みやすくないと感じていました。技術的に面白い仕事をしたかったものの、そのために自分の時間や生活を犠牲にはしたくなかったのです。1998年に松江に帰ってきたのですが、ここに移り住んだのは、たまたま今の(株)ネットワーク応用技術研究所に声をかけていただいたのがきっかけです。

Q 生活スタイルは、どんな感じですか?

最近、皆様に注目していただだき、原稿を書いたりインタビューを受けたりすることが多くなりました。1ヶ月の半分くらいは原稿を書いています。残りでメールを読んだり、プログラミングしたり。

本屋で、息子に、自分の開発しているものについて書かれた本を自慢できるのはうれしいのですが、プログラミングをする時間が少なくなったのは寂しいですね。原稿を書くのも好きですが、1日中プログラミングできると、かなり幸せです。

Q ライフスタイルを実現する手段としてのオープンソース、というのはあったのでしょうか?

狙ったわけではありませんが、結果的にそうなりましたね。ほとんどが電子メールによるコミュニケーションで成り立つので、大都市でなくても特に問題はありません。つい最近海外に行ったのですが、メールも読めますし、開発もできました。どこにいても同じならば、一番生活のしやすいところがいいと考えています。インターネットによってアウェイラビリティ(場所非依存性)が上がったということだと思います。

インターネットの発達により、情報をやり取りするためのコストが激変し、物事のやり方が変化してきているように思います。コミュニケーションにかかるコストがある敷居値を下回るようになり、単にソースコードを公開するだけではなく、バザール的な開発ができるようになった。非連続的な状況の変化が起こっていると思います。

おわりに

Q 今後Rubyをどのようにしていきたいとお考えですか?

個人としてはこのままプロジェクトが続けばいいなと考えています。将来の可能性として、Rubyには2つの方向性があり得るでしょう。一つは、このまま発展してみんなの役に立つものとして存在し続ける。もう一つは、Rubyの持っているバランスやデザインが、他の言語に受け継がれていく。僕としては、プランA(前者)がいいなと思っていますが、B(後者)でもしょうがないかと思います。

Q 開発体制としては今のような緩やかなコミュニティで今後もやっていきたいと思いますか?

そうありたいですね。今のまま緩やかに開発したいなと思います。

Q 最後に、読者に一言メッセージをお願いいたします。

プログラミング言語の開発にはいろいろな側面がありますが、どの側面をとってもエキサイティングなので、興味があったらぜひ挑戦していただきたいと思います。


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