特集 深海の科学  >  3人の研究者による3つの研究
1. 地球の古環境の研究/北里洋 プロフィール

地球とこの星に生きる生命は、長い歴史の中で
さまざまな気候変動を経験してきた。
海底下の地層には、その道のりを示す各時代の堆積物が
よい状態で保存されている。
かつての地球には極端な温暖化の時代があり
約70%の生命が絶滅したといわれる。
その白亜紀の時代を、
地球と生命はどう乗り越えてきたのか。
真核生物研究のバックグラウンドをもつ北里 洋氏は、
地球と生命の共進化の
歩みを知るため、この5〜6年、
地層の中の生物化石と有機物の痕跡を、
丹念に調べつづけている。



温かい地球の“海洋無酸素事件”


私たちは、過去の地球の姿を知るため古環境について調べています。特に注目しているのは、“温室地球の環境と海”です。
地球はこれまで温暖化と寒冷化を繰り返してきました。その“冷たい地球”と“温かい地球”を知ることで、地球のしくみと地球の未来が見えてくると考えています。
現在、地球の温暖化が問題になっていますが、実は46億年という地球史からみると、今は、北極と南極に氷がある比較的寒冷な環境なのです。しかし過去には、氷のない極めて温暖な地球も存在していました。
ここ2億年くらいの間で最も温暖だったのが白亜紀(約1億4500万年〜6500万年前)です。海面は今より200mほど高く、極域(北極・南極)と赤道との平均温度差は、現在の30℃〜40℃に対し、当時は10℃くらいでした。温度差が小さいということは、海流や風も強くなく、海水の移動も少ないということです。
約1億年前のこの時代、地球規模で海水の循環が停滞し、世界中の海が酸欠状態になりました。これが白亜紀に起こった“海洋無酸素事件”です。その結果、海水中の大量の生命が死滅し、分解しきれない大量の有機物が海底に沈んで蓄積されました。

酸素があったら生きられない生物の存在

この時期の地層は有機物に富み、黒色をしています。私たちの研究グループは、イタリア中部にあるこの黒色頁岩(ブラックシェール)の地層のサンプルを1mm単位で薄く剥ぎ、炭素や窒素の同位体量を測って、有機化合物の分析を行っています。この分析技術は世界でもトップクラスの技術で、各国の他の研究室に比べ10倍から100倍の精度で測ることができます。
分析をしてみると、この時代の海中には、光は必要とするものの酸素があると生きていけないバクテリアが存在していたことがわかりました。光合成細菌です。つまり、光の届く上層まで無酸素状態が広がっていて、わずかな海面にだけ酸素があった、という状態の海が白亜紀中期には存在したということです。これが無酸素事件の海を示しています。
実はこうした無酸素状態の海と似たようなものは、現在の地球上にもまれに存在します。鹿児島の上甑(かみこしき)島にある汽水湖「貝池」もその一つです。深部は塩分が濃くて重いため、海水の移動が少なく酸欠に陥っています。調査の結果、こうした環境でも白亜紀の有機化石に出てくるようなシアノバクテリアや光合成細菌が密集している箇所が見つかっています。

海底に眠る貴重な過去

さて、なぜ白亜紀に無酸素事件が起こったのでしょうか。その原因は、さまざまな事例から、活発な火山活動によって二酸化炭素濃度が高まって生じた地球温暖化にあると考えられます。
その時代の二酸化炭素濃度の増加量は、実は、現在の地球における増加量とほぼ同量で、1年あたり10ギガトンです。非常にざっくりとした話をすると、現在の地球で化石燃料を掘り出して大量に使っている二酸化炭素の量を8000年から1万年放出し続けると、白亜紀と同じ“温かい地球”の状態になります。
現在の温暖化の行く末を推察する上で、温室期地球の古環境がどのようなしくみで加速され、いかなる状況だったのか、またどのように終わったのかを知ることは、非常に意味があります。また、そういった極端な環境を経験した生物がどのように反応し、生き延びてきたのかも大きな関心事です。
こうした地球のダイナミックな変動を調べるために、陸上の地層分析はアクセスもしやすく、取っかかりとしてはいいのですが、やはり、過去の情報が手つかずの状態で保存されている深海底の分析は必要不可欠です。「ちきゅう」による深海掘削で白亜紀の地層をボーリングすれば、はるかにたくさんの貴重な情報を引き出すことができるはずです。推論ではなく、積極的に自分で疑問を解くことができるという意味で、非常に魅力的なプロジェクトだと期待しています。



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