“科学”とひとくちに言っても、すでに確立して揺るぎないニュートンの法則から、異論続出の最先端仮説まで、そのありようはさまざまです。だから、私たちと科学の関係や、私たちと科学をつなぐものの姿も、なかなかとらえどころがなく、一筋縄では行きません。そんな混沌を少しでも見通し良くするために、科学とは何なのか、科学の鏡を社会に向けるとどう映るのか、みなさんと一緒に考えてみたいと思います。

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第1回 がんばれ井川!

2007年2月19日

我が愛する阪神タイガースのエース、井川慶投手が、ニューヨーク・ヤンキースに移籍することになった。チームとしては痛手だが、彼は何年も前からメジャーリーグへの移籍を希望しており、ようやくそれがかなった形だ。ここは新天地での活躍を祈って、暖かく送り出してあげたい。

それにしても、日本の野球界からアメリカ・メジャーリーグへの移籍が後を絶たない。今シーズンだけでも、井川のほかに西武ライオンズの松坂、ヤクルトスワローズの岩村といった中心選手がメジャーに移る。今後もしばらくは、この傾向は続くだろう。野球だけではない。サッカーも構造は同じだ。

レベルの高いところ、環境のいいところで思う存分自分の力を発揮したい──一流の選手であれば、そう考えるのは当然のことだ。選手のその気持ちは、むしろ健全な向上心の素直なあらわれともいえる。

問題は、日本のスポーツ環境が、彼らの欲求を満たしてくれないことにある。野球もサッカーも、日本に伝来したのは1873年(明治6年)ごろらしい。すでに130年以上経っているわけだ。そろそろ、日本のスポーツとして社会にしっかり根付いていてもいいはずではないか。ぼくが子どものころは、プロ野球がスポーツの一番人気だった。男の子は誰もがプロ野球選手にあこがれ、実際に野球場で試合を見れば、翌日学校の友達に鼻高々で自慢した。あのころの野球は、日本文化にしっかり組み込まれていたような気がする。でも、その野球人気が、結局はメジャー予備軍になるための助走にしか過ぎなかったのだとすれば、日本のプロ野球とはいったい何なのだろうか。

野球が日本に伝来したのと同じ明治時代には、食習慣も大きく変化し、西洋の新しい食事が続々と導入された。新しい西洋料理の技法は巧みに日本風にアレンジされて、和洋折衷の食べ物がたくさん登場した。アンパン、トンカツ、カレーライスなどである。そもそも「洋食」というのが、日本独自の食文化といえるだろう。これらはいずれも、しっかりと日本文化の一部に組み込まれ、定着している。アンパンもトンカツも、「本格」フレンチを食べる前の予行演習だとは、誰も思っていない。小腹が空いたときに、おいしいアンパンを食べること自体が究極の喜びなのである。

しかし、野球やサッカーは、今や「次」へのステッピング・ストーンになってしまったようだ。なぜ、アンパンやトンカツになれなかったのか。

悲しいかな、まったく同じことが、科学の世界にもいえる。科学研究そのものは、普遍的な成果を追求する活動だから、グローバルで一元的な価値基準で競争原理がはたらくのは当然である。だが、科学と社会の関係は、そうではない。社会には、文化的、歴史的な背景と価値の体系がある。それぞれの社会に応じて、科学は異なった位置と役割を占めていても、一向にかまわないのである。

それを、科学の不変性に引っ張られて、科学と社会の関係も世界中どこでも同じであるべきだと勘違いすると、いろいろな所でギクシャクすることになるだろう。本来なら、科学と社会の接点領域で、アンパンやトンカツに相当するものが登場しているべきなのだろう。だが、本格フレンチやイタリアンばかり追い求めてきたのが、明治以来の日本の科学と社会の関係だったように思う。

もっとも、いや日本のプロ野球も捨てたものではない、という意見もあるかもしれない。その象徴が、2006年シーズンの日本ハム・ファイターズの盛り上がりである。これは、本当にすばらしかった。今まで閑古鳥が鳴いていたパ・リーグのグラウンドに地元札幌のファンが連日足を運び、ファイターズの選手たちの一挙手一投足に日本中の目を向けさせた。「次はパ・リーグだ」と時代の先を見抜いた新庄という特異なキャラクターによるところが大きかったとは言え、もちろん、新庄ひとりで達成できたものではない。ファイターズ革命には、それが興るだけの素地が熟成していた。だとすれば、日本の野球界も、実はかなりの部分アンパンになっているのかもしれない。

さて、科学と社会の関係はどうだろうか? これについては、是非みなさんの御意見をお聞きしたいと思っています。日本の科学はアンになっているのか、つまり日本の文化の一部として定着しているのか、それともそうではないのか? なっているとしたら、その象徴は何か? なっていないとしたら、そう考える理由は何か?

みなさまの御意見をお寄せください。

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