日々、遠い宇宙を見つめながら、日々、たくさんの本を読む。そんな人生を歩んできた海部先生が、現在進行形の読書のなかで考えたことを、エッセイ形式でつづります。科学を起点に、歴史や文学、漫画にまでも深く分け入るとめどない好奇心。分野の垣根を超え、時間軸を自由に行き来して出会う新しい世界観を、あなたはどう受けとめますか?

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第2回 『夏目漱石の俳句と科学の眼』

2007年3月 6日

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いま滞在中のハワイ島へ持って来た本の中に、(科学本ではないけど)坪内稔典著『俳人漱石』〈岩波新書〉がある。

漱石の親友正岡子規と、子規門下生として俳句に励んだ漱石、それに稔典の三人が、漱石の俳句を時代に沿って取り上げ批評するという、架空鼎談だ。稔典は現代きっての変わった句を詠む俳人だが、俳句ではあまり注目されない漱石を取り上げたのは、さすが。楽しい本である。漱石の俳句が好きな私は、つい夜更かしして読んでしまった。

そこで、しきりに思い出されたことがある。

岩手県水沢の緯度観測所長木村栄(ひさし)博士が、明治44年に帝国学士院恩賜賞を受賞した。緯度変化に関するZ〈ゼット〉項の発見が国際的に高い評価を受けたので、政府があわてて賞を作ったのだ。だから、学士院賞第一号である。新生日本で初めて国際的に認められた、科学の大業績。明治天皇自ら名誉ある賞を授けるというので、社会は沸き立った。お祝いの園遊会には大臣大将ことごとく駆けつけ、木村博士を称える新聞記事があふれたという。

漱石はこれについて朝日新聞に、以下のような主旨の論説を書いている。

「木村栄なる科学者を昨日まで誰も知らなかったが、今日は知らぬものはない。その業績は自分には良くはわからぬが、大変めでたいことだ。だが、日本には木村博士以外に、優れた科学者はいないのだろうか。木村博士を昨日知らなかった人々が、今日は褒め称える。木村博士ひとりの背後には、昨日までの博士と同じように人に知られず、優れた研究をしている幾多の木村博士がいるに違いない。木村博士を称えるのはよい。だが、博士ひとりが称えられ他は無視されるのには、大いなる疑問を感じる」

以前これを読んで、感銘深かった。科学の世界も人間の営みであることを、漱石の眼は確実にとらえている。一歩離れて違った目で見ると、大きな世界が見えてくるのだ。漱石は、科学の方法に惹かれてもいたらしい。合理的精神とひとまわり大きな観察眼は、漱石自身のものであるとともに、科学から学んだところもあるのではと思う。学士院賞は、翌年から5人に増やされたとか。

漱石の句も、これに通じるところがある。その骨頂はいわゆる写実ではなく、

「三十六峰 われもわれもと 時雨けり」

「累々と 徳弧ならずの 蜜柑かな」

こんなふうに、山だのモノだのに心を通わせ親しむ、活きた風景なのだ。私
のイチオシ名句はなんといっても、

「別るるや 夢一筋の 天の川」

『俳人漱石』には出てこなかったけれど、あの「猫」が死んだとき、庭の墓標に漱石が書いた句はたしか、

「この下に 稲妻起きる 宵やあらん」 だったなあ。


*注/最後の句の「稲妻起きる」は、猫の生きた証が墓の下で光を放つこともあろうかという、「猫」への親しみと哀悼の表現と受け取ればよいと思われる。豪快な「稲妻」を出したところに、「猫」への思いやりがあるのだろう。「東山」「蜜柑」「天の川」「猫」のすべてに漱石の暖かい共感が流れている。(海部)

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