辺境の生物を追う旅を続ける科学者・長沼毅と、地球と生命に対する飽くなき好奇心を持つ作家・藤崎慎吾が、日本の辺境を訪れ生命について語り合います。生物にとって辺境とは何か、旅の先々で2人が見ている辺境のフロンティアを、一緒に体験してみませんか?

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第4回 高エネルギー加速器研究機構にて、生命と放射線を語る(その3)

2009年5月12日

辺境を巡る旅、第4弾、高エネルギー加速器研究機構を舞台にした話の最終回。果たして宇宙に、ナノバクテリアはいるのだろうか? 宇宙という極限環境の条件をさぐりつつ、生命のいる可能性が話合われた。さて、その結論は?

撮影=山崎エリナ

企画・構成=日本科学未来館+光文社 取材協力=高エネルギー加速器研究機構




隕石から見つかった有機物

藤崎 ──パンスペルミア仮説については、本当の意味で生物が降ってきたという説もあれば、生物の素が降ってきたという説もありますよね、アミノ酸だとか有機物だとか。

長沼 ──例えばハレー彗星、あれは氷と水蒸気の固まり。そういうものが、昔はそれこそたくさん地球に降ってきた。地球に存在する水の大半は、そうやって外から来たものでしょ。それと同時に有機物も一緒に来た、当然、そういう考え方があっていい。

藤崎 ──2006年にNASAの日本人研究者らが、隕石から有機物を見つけたことが話題になりましたね。

長沼 ──カナダ北西部のタギッシュ・レイクという所に落ちた隕石から見つかった。

藤崎 ──何か袋状になっていて、細胞っぽかった。あれが、生物ということは?

長沼 ──うーん、難しいだろうね、言い切るのは。

藤崎 ──1996年になりますが、火星から来たALH84001という隕石の中に生き物の痕跡を見つけたという報告[*6]がありました。真偽についての議論はまだ続いていますけど、否定する側の主な理由は、「生き物としては小さすぎる」。でも地球で「ナノバクテリア」と一部の人が言っているものに近い、という見方もある。

火星隕石ALH84001から見つかった
生命の痕跡とされるチューブ状の模様
出典:月探査情報ステーション「月・惑星へ」
火星・赤い星へ——火星に生命の痕跡?

長沼 ──うん、まさしくナノバクテリアでいい。実際に火星の表面だったんだよ、あの石は。火星に隕石が落ちて、その衝突によってパーンと飛び散ったものが、地球に降ったんだね。それをパカッと割ってみたら、中に細胞らしき形が見つかった。ああいった石の破片というのは、生き物を中に入れたまま、少なくとも形は崩さずに飛んでくる。地球の大気圏に入るときに加熱されて、確かに石の表面は融けるほど温度は上がるけれども、その熱は石の内部にまで至っていない。内側は、比較的低温。だから、あれはまさにパンスペルミアの方舟なんだ。
ただ、入ってた微生物らしきものについては、「小さすぎるよ」という批判がある。形としては、ミミズに似ていて、節目が入っているんだけど、節目から節目までの間を一個の細胞とみるならば、それは0.1μmしかない。地球上でいちばん小さい生き物だって、0.2μm前後。0.1μmなんていうのは、理論的な最小値を超えている。実は、極限環境はここにもあるわけ。だから、そこにチャレンジしたら、いたのよ、ちっこいのが。

藤崎 ──生きているんですか。

長沼 ──生きている。ただ、今までに捕まえたのは、ライフサイクルのある局面でのちっこい生き物。

藤崎 ──例えば、卵とか胞子みたいな?

長沼 ──いや。大きな細胞があって、環境悪化で細胞がブチブチ切れて断片化した小さいものが0.1μmサイズ。でも、それを再びよい環境に戻してやると、またビヨーンと大きくなる。くっつくんじゃなくて、1個1個が単体として、また成長するの。

藤崎 ──プラナリアを切り刻むと、それぞれの断片がプラナリアになっちゃうように再生するということですか。

長沼 ──一応0.1μmでもDNAを持つ単体として生きていける。そういった、ライフサイクルの一部が小さい世界に入りこんだものは見つかった。でも本当に欲しいのは、一生、小さい世界で生命を全うするもの。今は、何となく見つかったのかな、違うのかな、という灰色の状態。確かにちっこいんだけれど、よくわからない。最初に取り出したのは、アメリカにいる地質学者。でも彼は培養もしないし、何もやってないから、誰も信じていない。

藤崎 ──そうすると、今はまだナノバクテリアみたいなものが、確実に存在するということにはなってないのですか。

長沼 ──でも、証拠となるような論文もたくさん出てきたから、次の10年の間には、もう市民権を得るんじゃないかな。

[*6]隕石ALH84001の中に発見された生物についての報告/JAXA 月探査情報ステーション「火星・赤い星へ」などを参照のこと moon.jaxa.jp/ja/mars/life_on_mars.html


パンスペルミアはナノバクテリアか

藤崎 ──パンスペルミアとしては、小さいほうが有利なんでしょうか。

長沼 ──いや、小さいことで犠牲もあるのね。普通の微生物の中で、ライト級サイズのものだと1μm。そうすると0.1μmというのは、体積にしてその1000分の1だよね。その小さいサイズに、ライト級と同じ一式が入っているわけ。そのためには部品の数を減らすか、個々の部品を小さくしなきゃいけない。いちばんでかい部品はゲノムだから、たぶんナノバクテリアのゲノムは、とても小さいだろうね。

藤崎 ──以前にうかがった話では、おそらく1メガベースだろうと……。

長沼 ──うん。1メガベースっていうのは、DNAの部品(塩基)でいうとだいたい100万個。これが、僕にとってはひとつの分かれ目の基準。というのは、今まで知られている単体で自由生活を営むものは、みんなゲノムサイズがこれより大きい。逆に小さいものは、どれも病原性か寄生性なの。つまり自分単体では生きていけない。ところがナノバクテリアは、どうやら単体で自由生活している。つまり初めて1メガよりも小さい自由生活者がわかってきて、そのゲノムが何かがわかれば、そこから生きるのに必要な最小限の遺伝子セットが見えてくる。また、方舟に乗っかってくるものも、そんなにややこしいものはいないだろうと考えれば、火星からの隕石で発見されたものも決して小さすぎるということはない。

藤崎 ──方舟に乗る数についても、でかいやつより小さいやつのほうがたくさん乗れるから、その分、生き残りやすいでしょうね。あと、方舟の離着陸のときの話ですが、例えば出発するときとか、落っこちるときっていうのは、どうやって検証を……。

長沼 ──方舟っていうのは、大きければ大きいほどそれだけ厚みが増すからいいわけだよね。でも、その分、地球に落ちてきたときのインパクトも大きくなり、生存率が低下する可能性が高くなる。

藤崎 ──巨大な隕石がボーンと落ちてきて、例えば火星の表面の岩が宇宙まで吹き飛ばされたりするんだろうけど、そのときの衝撃とか熱とか……。

長沼 ──どうだろう、そのあたりは、よくわからない。例えばカイパーベルト[*7]、あるいはオールトの雲[*8]でもいいや。あのへんでプカプカ浮いている小さな塊でもいいわけだからね。

藤崎 ──なるほど。別に、わざわざ惑星から来なくてもいいわけですね。

長沼 ──生命の起源については、ホットスタートっていう説がある。その一方で、コールドスタートもある。

藤崎 ──例えば、すごく冷たいカイパーベルトのようなところで生命が誕生して、細菌のような形にまでなって、地球にやって来ることも考えられるわけですね。

長沼 ──あり得るんじゃないかと……。液体の水だったら絶対いいんだけれど、液体の水が悪さをすることもあるからね。面白いのは、太陽系の中って太陽に守られてるの、それなりに。太陽系の外側に出ると、本当に外の荒海ね。そこは、もっと強力な宇宙放射線が飛び交っている。われわれは地球の磁場に守られていて、なおかつ太陽の磁場にも守られている。

藤崎 ──太陽の磁場にも守られてるんだ。

長沼 ──だから太陽系のいちばん端っこだと、そこでいったい何が起きているか想像もつかない。そういった想像もできない太陽系の端っこで生命が誕生したとしても、おかしくはない

[*7]カイパーベルト/太陽系の海王星軌道より外側にある、多くの小天体が密集した領域。3万5000を超える天体が存在するとされる。20世紀半ばに、アイルランドのエッジワースとオランダ生まれのカイパーが、それぞれ彗星のやってくる場所として提唱したため、「エッジワース・カイパーベルト」とも呼ばれる。1992年にアメリカのジューイットとルーが、その領域に属する天体を発見して、二人の仮説は立証された。現在までに約1000個の天体が見つかっている。
[*8]オールトの雲/太陽から5〜10万天文単位(1天文単位は太陽—地球間の平均距離)離れた場所で、太陽系を球殻状に取り巻いているとされる天体群。オランダのオールトによって1950年に提唱されたが、まだ確認はされていない。カイパーベルトが短周期彗星の「巣」と言われているのに対して、長周期彗星のやってくる場所とも考えられている。
カイパーベルトとオールトの雲に関しては、以下のウェブページに詳しい。理科年表オフィシャルサイト


方舟でやってきた生命の条件を求めて

藤崎 ──太陽系の端から出発して、地球まで落ちてくる間ずっと放射線を浴びて、大気圏では、今度はいきなり熱せられて、さらに衝突の衝撃も受けて……、それでも生き延びることができるような方舟の条件を探しているわけですね。

長沼 ──そうだね。大気圏突入で少しは融けるかもしれないけど、内部までは加熱されないある程度の大きさが必要なんだ。ただ、あまりにも大きいと、地面にぶつかったときのショックが大きいからね。だから、そのへんの最適値を探っている。

藤崎 ──先ほど、だいたい直径5mぐらいの岩っておっしゃっていましたが、直径5mの岩が地球に落ちてきたら、結構すごい衝撃ですよね。そうすると、内部の生き物も生き残れないのでは……。

長沼 ──うん。確かに、地面に対して直角に降ってきたらそうなるけど、角度が浅く斜めに降ってくれば、それなりに大丈夫。ただ直径5mっていうのは、あくまでも大気圏約100kmで防げるような弱い放射線の話ね。地球の磁場の外へ出たらもっと強いし、太陽系の磁場の外なんていったら、それはもう強烈。

藤崎 ──ただ内部にいる生き物が強ければ、方舟はそんなに大きくなくてもいいのでは?

長沼 ──そう。生き物の側からの成立条件も考えなくてはいけないね。

藤崎 ──そうすると、生き物の強さ、放射線の強さ、衝撃の強さとか、いろいろなパラメーターが必要になってくるわけですね。

長沼 ──本当に強い放射線、例えば高速の鉄の粒子なんかは、あるとはいえ、めちゃくちゃに多いわけではない。それが方舟と出合う確率っていうのも調査した。すると1億年に1回の確率なんだ。ということは、宇宙を旅する時間が1億年よりも短かければ、そういう粒子線には出会わないかもしれない。そうなると、トラベリングタイムの問題なわけ。トラベリングタイムの間に、何回そういうひどい目に遭うか、それも計算しなきゃいけない。

藤崎 ──時間もそうですし、距離もありますね。イコールですが……。あと、重力。無重力状態で、長い間、過ごさないといけないですよね。

長沼 ──確かに無重力になると、放射線の影響を受けやすくなるという実験データがある。とはいえ、われわれが今、相手にしようとしているのは、そんなやわな生き物じゃないからね。

藤崎 ──これからの研究の展望と言いますか、計画はどういうふうに進めていかれるのですか?

長沼 ──最終的には、地球上でつくり出せないような高いレベルの放射線、粒子線に当ててみたいね。

藤崎 ──ここの加速器を使って、最強のものを。その先は、宇宙での実験ですか。

ISS国際ステーションの宇宙実験棟「きぼう」
出典:JAXA

長沼 ──うん。実際に宇宙にいるものを調べたいわけだから。ただ、宇宙環境にはそういう強烈なエネルギーを持ったものもあるけれど、問題はミックスしちゃうこと、いろんな種類の粒子線が。そうすると、何の影響かよくわからないのね。その点、地球だと個別にできる。

藤崎 ──ただ逆に言うと、地上ではミックスの放射線は当てられないですよね。

長沼 ──当てられない。われわれは、通称「カクテル光線」と呼ぶんだけど、カクテルビームを地上でつくるのは難しいだろうね。

藤崎 ──そうですか。では、次は場所を筑波宇宙センターに変えて続けましょう、この流れで。

長沼 ──いいね、さすがに話の持っていき方がうまいね(笑)。このまま進めて、最後はお酒のカクテルで締めるということで(笑)。

藤崎 ──やっぱり、どうしても酒のほうにいっちゃうんですね(笑)。

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