辺境の生物を追う旅を続ける科学者・長沼毅と、地球と生命に対する飽くなき好奇心を持つ作家・藤崎慎吾が、日本の辺境を訪れ生命について語り合います。生物にとって辺境とは何か、旅の先々で2人が見ている辺境のフロンティアを、一緒に体験してみませんか?

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第4回 高エネルギー加速器研究機構にて、生命と放射線を語る(その2)

2009年4月29日

辺境を巡る旅、第4弾の舞台は、「KEK」こと高エネルギー加速器研究機構。放射線に耐える生命の話から、2人の視野は徐々に地球の外へ。放射線の激しく飛び交う宇宙で生命が誕生したというパンスペルミア仮説は本当なのか?長沼氏の行なうパンスペルミアの方舟、「隕石・彗星内ハビタブルゾーン」の研究とは?

撮影=山崎エリナ

企画・構成=日本科学未来館+光文社 取材協力=高エネルギー加速器研究機構




宇宙放射線から守られている地球

藤崎 ──成層圏の先には宇宙があって、そこには人間の致死量を超えるような放射線も飛び交っているわけですよね。

長沼 ──ええ。人間が宇宙進出するとか、あるいは宇宙で生命を探索するときに、いちばん問題なのは無重力じゃなくて放射線。地球には厚さ約100kmの大気があって、それでずいぶんと放射線や紫外線なんかから守られている。さらに上に行くと、今度は「ヴァン・アレン帯」[*3]といって、やはり宇宙放射線から地球を守ってくれている層がある。その先に行っちゃうと、そこはもう放射線の嵐。だからスペースシャトルも、最高高度は500kmくらい。国際宇宙ステーションも高度400kmとか、そんなもんでしょう。

ヴァン・アレン帯(図ではバンアレン帯)と地球、磁気圏
出典:日本惑星協会「太陽系のすべて」地球

藤崎 ──なるほど。ロシアのミール宇宙ステーションも、そのあたりでしたか。

長沼 ──そうそう。ほとんどの人間の宇宙活動は、いわゆる低軌道という高度200kmくらいから、せいぜい400〜500kmで行われている。ヴァン・アレン帯を突き破ったのは、アポロ・ミッションだけ。さらに今後、火星ミッションとかになったら、大変なことになるだろうね。

藤崎 ──人間も含めて、生物が宇宙放射線に曝されたらどうなるのかという研究はありますか。

長沼 ──今までの研究は、ほとんどがヴァン・アレン帯の内側、比較的弱いレベルの放射線の範囲内で行われてきた。でも、生命の種が宇宙にあった可能性を探るとか、今後人類が遠い宇宙に飛び立つことを考える場合には、われわれはヴァン・アレン帯の外側の話をしなければならない。そこには、今までとは桁違いのすごいレベルの放射線が存在するわけ。
ひとつの考え方として粒子を野球のボールに例えてみた場合、放射線の強さを球速とすると、宇宙では地球の周りよりもっと球が速くなる。それから球数も増える。地球の周りでは、せいぜいオレたちが投げる程度の球がときどき何個か来るような低レベルの話よ。それでいうと、ヴァン・アレン帯といったら、レッドソックスの松坂のような、いやそれ以上のすごいスピードの球がボンボン飛んでくるわけ。それが片っ端から当たるわけだよ、バババって。

藤崎 ──実際に、宇宙での、人への宇宙線の影響を調べたのは、アポロだけ?

長沼 ──アポロだけだよね。もちろん静止衛星は高度約3万6000kmの静止軌道上にあるわけだから低軌道より上だけれど、人間も他の生き物も乗っていないからね。

藤崎 ──そのアポロに乗った人たちの医学的な研究というのは……。

長沼 ──ある。被爆については、死ぬほどではないけれども、大変な量を被爆している。
でも、アポロ・ミッションは、月に行って帰ってトータル1週間とか、その程度の期間だからね。そのくらいなら大丈夫だということはわかっているけれど、火星ということになると、やっぱり何年という単位だからね。

藤崎 ──少なくとも半年、1年はかかりますよね。長期的な影響は、アポロの研究でもわからないのですか。

長沼 ──わからない。とにかく宇宙で飛び交ってる放射線のスピードっていうのはものすごいもので、このすごいスピードの粒子線は地上で再現できないのよ。だからこそ、加速器を使っている。

藤崎 ──加速器で、宇宙線を再現することはできるのですか。

長沼 ──ここにあるのは、地球上でも最も優れた世界最高クラスの加速器。宇宙に存在するような、すごいスピードまで粒子を加速できる。

藤崎 ──それは先ほどの例えでいうと、球のスピードの話ですね。あと、宇宙を再現するとしたら、球数?

長沼 ──球数もだけれど、球の種類もある。例えば、いちばん小さい球は「陽子(プロトン)」。水素の原子核だね。でも重たい鉄の粒子だと、ものすごいエネルギーを持っているわけ。同じスピードでも、重さが50倍以上違うんだからね。
その一発が宇宙船に当たったとすると、宇宙船の船体をつくっている物質と反応して、2次、3次、4次と放射線は鼠算的に増えていくわけだよ。だんだんエネルギーは低下していくんだけれど、それでも弱い粒子とはいえ鼠算的にババババって……。

藤崎 ──宇宙では、鉄の粒子が宇宙線と一緒に飛んでいることがあるんですか。

長沼 ──宇宙にある元素は、まず、水素。水素から始まって、どんどん核融合反応していって、最後は全て鉄になって終わる。だから今、鉄に向かって全てが移行中なわけ。数もそんなに少ないとは言えない。むしろ多いと言ってもいい。

藤崎 ──鉄の粒子が、ですか。

長沼 ──うん。地球だって1/3以上は鉄だよ。

藤崎 ──加速器で、鉄も加速できるのですか。

長沼 ──これは陽子加速器だから、鉄イオンは加速できない。

藤崎 ──次にできる加速器では?

長沼 ──ここの加速器では電子を加速するものと、あと陽子(水素の原子核)だね。それから東海村でつくっている「J-PARC」も陽子。でも現在、もともとここにあった加速器を改造中で、やがて鉄も含む全ての元素の原子核を加速するようなマシンができるはず。その日が楽しみだなぁ。

藤崎 ──すごいですね。

長沼 ──エネルギーがもうちょっと弱いものであれば、すでに千葉の放射線医学総合研究所に「重粒子線がん治療装置 HIMAC(ハイマック)」[*4]という重粒子加速器があって、色々な重たい元素も加速して活用できる。

[*3]ヴァン・アレン帯/地球磁場に捕らえられた高エネルギーの陽子や電子などからなる放射線帯。高度2000〜20000キロメートルの範囲で、地球をドーナツ状に取り巻いている。アメリカのヴァン・アレンによって発見されたのが名前の由来。
[*4]重粒子線がん治療装置 HIMAC/HIMAC:Heavy Ion Medical Accelerator in Chiba)。
放射線医学総合研究所のページを参照


地球生命の起源は宇宙?!

藤崎 ──色々な粒子が飛びまわっている宇宙で生命が誕生したというのが「パンスペルミア仮説」ですが、これはどういう仮説なのですか。

長沼 ──地球の生命の起源が、地球にあるのか、あるいは宇宙にあるのかというのは、昔から問題になっていた。今、色々な人が、生命が誕生したのは海底火山だったとか、地底だったとか言っている。それはそれで合理的な説明ができるんだけれど、その一方で最初の生命は、ある日、宇宙からやってきたんじゃないかという説がある。これがパンスペルミア仮説。パンスペルミアとは「pan:汎 spermia:胚種」で、宇宙胚種とでも呼ぶべき生命体を意味する。この仮説では宇宙生命がどうやって誕生して、どのように生き続けてきたのかが明らかにされておらず、問題の先送りなどとも言われている。でも、それはちょっと置いておいて、宇宙のどこかで生まれた生命が、あまねく宇宙に拡がっていき、そのひとつが地球に降ってきて地球生命となったという考え方は、とても面白い。18世紀ころには、すでに考えられていたらしい。当時の人々の宇宙観って、よくわかんないけれど、とにかく地球の外側からやってきたと考えたんだね。

藤崎 ──最近は彗星などの天体によって、宇宙から地球に飛来したという説もあるようです。フレッド・ホイルという人でしたかね。

長沼 ──イギリスの物理学者でSF作家でもあるフレッド・ホイルと、その弟子のスリランカ出身の科学者チャンドラ・ウィックラマシンゲね。それから二重らせん構造の発見者の一人でもあるフランシス・クリックも、パンスペルミア仮説の支持者。

藤崎 ──先生もそれを検証しようと、研究を進めておられるそうですね。

長沼 ──検証っていうのは難しいんだけど、パンスペルミア仮説っていうのがとても面白いからね。それで、考えてみると、やっぱり宇宙において生物や生命にいちばん厳しい条件は放射線。その放射線から生命を守る方法は、たったひとつしかない。それは遮蔽。遮蔽以外にあり得ない。遮蔽物っていうのは、地球の場合であれば厚さ約100kmの大気。その外側に地球の磁気圏があって、それがヴァン・アレン帯をつくっている。そうした遮蔽物が地球にはある。では、こうした遮蔽物がない場合はどうすればいいのか。
そこで遮蔽物になり得るのは、おそらく石だろう。石の中に隠れていれば、たぶん大丈夫。例えば地球でいうと、約100kmの大気下にわれわれはいる。その大気の重さがかかっている地表が1気圧。水の世界では、深さ10mで大気の1気圧と同じ。これはそこにある物質の重さだよね。じゃあ、水10mに匹敵する石の厚みってどのぐらいかというと、たかだか2、3m。だから例えば直径5mの岩があるとする。そのど真ん中は、どの方向から見ても2.5mの遮蔽ができている。これだけあったら充分。大気100kmの厚さに相当するわけ。じゃあ、ヴァン・アレン帯まで考えたときには、何mの岩があればいいだろう。それには鉄の粒子にスピードを与えて、岩に当たったらどうなるかを調べないといけないんだけれど、今は計算で出る。ただ、あくまでも計算上の話。たぶん正しいだろうけれどね。あとは、やっぱり実験的にやらなきゃダメだよね。

藤崎 ──先生が進めておられるプロジェクト、正式名称は「隕石・彗星内ハビタブルゾーン」の研究、通称「パンスペルミアの方舟」というのは、まさに宇宙の「方舟」をどういう材料でつくったらよろしいかということを調べているのですか。

長沼 ──というか、結局は「材料」ではなくて「重さ」なんだよね。

藤崎 ──つまり、どれくらいの大きさの方舟を、どういう素材でつくったらいいのか。もちろん、方舟といっても本当に木ではだめで、水でもだめ。気体だったら巨大な方舟になってしまう。

長沼 ──石がいいんじゃないかな。

藤崎 ──同じ船を石にするのと気体で包むのでは、大きさも格段に違ってくる……。

長沼 ──彗星っていうのは、言ってみれば氷の塊だよね。

藤崎 ──氷でもいい?

長沼 ──水の10mが石の2、3mに相当するという発想でいけばいい。その程度で済むんだったら、まあ、氷でもいいかな。とにかく「これだけの遮蔽だったら、何とか中心部分は大丈夫そうだよね」ということを見出したい。そして、より生存可能性の高いサイズの隕石や彗星が、どのぐらいなのかということを見たい。

藤崎 ──その大きさや重さを調べるために、これから加速器を使っていこうと……。



水とDNAを抜いてしまえば大丈夫

長沼 ──今、加速器を使っているのは放射光[*5]といって、粒子線でなくX線とかの電磁波なの。陽子加速器の工事が終わったあかつきには、重たい元素まで加速できるようになる。そのときには、重たい粒子線を当てさせてもらいたいと思っている。

藤崎 ──方舟自体は、何でできているんですか。

長沼 ──方舟は、実は何でもいいんだけどね。石でいい。

藤崎 ──何か適当に石を持ってきて、実際にX線を当てて……。

長沼 ──今はね、剥き身の生き物に当てている。

藤崎 ──剥き身の生き物?

長沼 ──つまり生の生き物にX線を当てて、どう死ぬかっていうのを先にやっておかないと、遮蔽の効果が評価できないからね。

藤崎 ──ああ、最初は遮蔽なしで、ということですか。その剥き身の生き物というのは?

長沼 ──今は例のデイノコッカス。水があると死ぬから乾燥させる。乾燥させて、またあとで水に浸けて戻せば生き返る。乾燥させたものだと、ものすごい量のX線を当てても、死なないんだ。

藤崎 ──X線を、どのくらい当てたんですか。

長沼 ──たぶん、人間が死ぬレベルの1万から10万倍は当てている。

藤崎 ──それでも、1匹も死ななかったのですか。

長沼 ──1匹もということはないけど、「えっ、こんなに死なないの」っていうくらい死なない。大腸菌もやったんだけれど、大腸菌も思ったほどは死ななかったね。

藤崎 ──デイノコッカスと大腸菌とでは、どのくらい違うのですか。

長沼 ──デイノコッカスに比べると、大腸菌は10倍くらい死ぬ。だから、水を抜くといいね。

藤崎 ──水を抜かない普通の状態のものには、当てていないんですか。

長沼 ──当てたよ。でも、すぐに死ぬ。デイノコッカスも生き残っているやつはいたけど、やっぱり少ないなあ。乾燥させた場合とは、全然桁が違う。

藤崎 ──じゃあ、デイノコッカスも死ぬことは死ぬ。

長沼 ──強烈なX線だもの。

藤崎 ──そのX線というのは、ここにある加速器を使って発生させたわけですね。

長沼 ──そうそう。例えば、大腸菌のある種のものでは、DNAを持っていないものもつくれるの、実験的に。

藤崎 ──大腸菌の細胞なんだけど、DNAがない……。それでも大腸菌は生きているんですか。

長沼 ──うん。DNAがなくても生きていけるんだよ、取りあえずは。放射線の影響というのは、それによってつくられたイオン、つまりラジカルがDNAをブチ切ることだから、DNAがなければ困らないわけで……。

藤崎 ──放射線を受けると、その大腸菌はどうなるのですか。

長沼 ──意外と死なないんだよね、やっぱり(笑)。

藤崎 ──DNAを持った大腸菌と持っていない大腸菌の違いはあるんですか?

長沼 ──うん。DNAを持っていないと、やっぱり弱いのよ。弱いから、放っておくと死ぬんだけど、それでも放射線を当てても意外に死なないんだということがわかった。つまり水がなくてDNAがなかったら、大丈夫って。

藤崎 ──人間も水とDNAを抜いちゃえば……。

長沼 ──大丈夫だろう(笑)。

藤崎 ──でも、それって放射線に対してだけですよね(笑)。

[*5]放射光/光速近くにまで加速された電子が、その軌道を曲げられたときに放出する光。紫外線からX線まで幅広い領域にわたる

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