辺境の生物を追う旅を続ける科学者・長沼毅と、地球と生命に対する飽くなき好奇心を持つ作家・藤崎慎吾が、日本の辺境を訪れ生命について語り合います。生物にとって辺境とは何か、旅の先々で2人が見ている辺境のフロンティアを、一緒に体験してみませんか?

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第4回 高エネルギー加速器研究機構にて、生命と放射線を語る(その1)

2009年4月22日

辺境を巡る旅、第4弾の舞台は、「KEK」こと高エネルギー加速器研究機構。巨大な加速器を使い、電子や陽子などの粒子を光の速さ近くまで加速して、物質の根源や本質をさぐっている研究機関です。ここで2人がまず話題にしたのが、放射線を浴びても死なない生物。果たして地球に生きるそんな生物とは?

撮影=山崎エリナ

企画・構成=日本科学未来館+光文社 取材協力=高エネルギー加速器研究機構




放射線と、水と、生命

藤崎 ──今回は、高エネルギー加速器研究機構[*1]にやってきました。まずこの現場について説明しておきましょう。ここには「加速器」という実験装置があります。このなかで電子や陽子などの粒子を加速して高エネルギー状態にします。それから、粒子同士をぶつけたりすることによっておこる反応やふるまいを調べ、物質の根源や起源に迫ったり、物質の構造や性質を探ろうとする研究が行われています。
加速器にはいくつかあって、加速する粒子で分類すると、電子を加速するものと陽子を加速するもの、また、形態では線形加速器と円形加速器があるそうです。そして、電子の加速器では稼働中にだけ放射線が発生しますが、陽子のほうは稼働してないときにも放射性物質が存在しているので容易に人が近づけない……。

KEK 高エネルギー加速器研究機構
出典:高エネルギー加速器研究機構

長沼 ──実験施設そのものが、放射能を帯びてしまう。したがって、ここでは放射線の検出や安全に閉じ込めておくための研究にも力を入れている。

藤崎 ──実は今回のテーマは、その放射線に晒されているところを、極限環境として捉えてみるということなんです。まず、人間をはじめとする普通の生物というのは、放射線を受けるとどういう影響があるんでしょうか。

長沼 ──放射線には、電磁波と粒子線がある。電磁波というのは、X線、紫外線、あるいはγ線など。ここで注目したいのは粒子線、α線とかβ線のほうね。そういうものは粒子で、ものに当たると悪さをするわけ。とくに粒子が「ハイスピード(高速)」で飛んでくるということは、言葉を換えると運動エネルギーが大きい「ハイエナジー(高エネルギー)」の状態。そうした高エネルギーのものが宇宙を飛び交っているから、もし生命が宇宙に進出しようとすれば、宇宙を飛び交うこの高速な鉄砲の弾で、ババババって撃たれて死んじゃう。放射線は生命にとって最大の脅威。これにかなう生命は、なかなかない。

藤崎 ──死ぬというのは、細胞を物理的に壊されるということですか。

長沼 ──原子と原子がぶつかって壊されるという可能性は小さいと思う。むしろ多いのは、放射線が通った後に、例えば、水の分子がラジカルになっちゃうこと。

藤崎 ──ラジカル?

長沼 ──うん。放射線というのは、自分が通った後に色んなものをイオン化することができる。空気があれば空気の分子を、水であれば水分子がイオン化する。ただのイオンだったらいいんだけど、ラジカル、つまり非常に活性化した、活動的なイオンになるわけ。

藤崎 ──いわゆる「フリーラジカル」とかって、最近話題になっている……。

長沼 ──そうそう。フリーイオン、特にフリーのプラスイオンというのは、何かに触れると、たちどころに相手を酸化してしまうという活動的なものなんだ。そういったイオンを大量につくるのが放射線の粒子。粒子線によってそういうイオンがつくられて、生物の細胞を壊す。あるいは中に入っているDNAの二重螺旋を切るなどのダメージを及ぼす。

藤崎 ──二重螺旋が切れるというのは、物理的に切られるわけじゃなくて、粒子が通った後のイオン化したものによって?

長沼 ──そうそう。水は生命にとってなくてはならないものだけれど、水があるばっかりに、放射線が飛んできたらラジカルになって生命を傷つけてしまう。だから、例えば人間が何百万年もの長期間冬眠できたとする。でも、その間に宇宙線が何個も何個も飛んできて、体内の水がラジカルになったら、それで終わりなの。冬眠するときには水を抜かないといけない。水分は生命に必要だけど、逆に生命を傷つけるものでもある。水は本当に不思議なものでね。

藤崎 ──では、乾燥状態にある生物だったら、わりと傷つきにくいと……。

長沼 ──そう、今まさにその実験をやっているんです。

[*1]  高エネルギー加速器研究機構/茨城県つくば市にある大学共同利用の研究機関。巨大な加速器などの装置で基礎科学の研究を行う。 高エネルギー加速器研究機構


放射線を浴びても死なない微生物

長沼 ──ところで、SFの世界で最も長く冬眠した人って知ってる? アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』に出てくる、宇宙船ディスカバリー号の副長フランク・プール。彼は宇宙船のコンピュータHAL9000によって宇宙空間に放り出され、宇宙服に穴があいて、乾燥・凍結して死んだの。ところが、その後1000年間宇宙を漂い、3001年に海王星の軌道近くで発見され、蘇生するんだ(シリーズ完結編『3001年終局への旅』)。

藤崎 ──宇宙は乾燥しているから、体内の水分が抜けた。

長沼 ──乾燥していれば、宇宙の放射線がなんぼ飛んできても、それほど強いダメージはない。今、われわれは微生物を用いて同じような実験をしている。微生物を乾燥させて、そこに放射線、X線を当てて、後で水を戻してあげると還るんだけれども、予想以上に死なないよ。人間だったら死んじゃうような高いレベルの放射線を当てたって死なないんだ、水さえなければ。

藤崎 ──通常の状態で、人間はどのくらいの放射線に耐えられるのですか。

長沼 ──放射線の強弱を表わすものに「グレイ(Gy)」という吸収線量[*2]の単位がある。10Gyの放射線に曝されると、人は死ぬ。

藤崎 ──地球上で10Gyの環境というのは、自然にはない?

長沼 ──ないね。地球上では普通は、例えば1年間に1mGy(ミリグレイ)とか10mGyとか。もちろん、放射線は宇宙線として上から降ってくるし、地球の内部の岩盤にも放射能があるけど、それを合わせても、数mGyとか数十mGy。おそらく、そんなものだよ。

藤崎 ──じゃあ、加速器の実験施設の周りとか、原子力発電所とかにいない限りは大丈夫ですね。

長沼 ──逆に、こうした施設のほうが放射線に対してそれなりに態勢をとっているから安全だろうね。

藤崎 ──それにしても、人間では耐えられないような放射線レベル中でも生きていられる放射線耐性菌、こいつらは普通どこにいるんですか。

長沼 ──昔、アメリカで放射線を当てて食品を殺菌しようという実験があったわけ。例えば、肉は放っておくと腐っちゃうから、放射線を当ててバクテリアや微生物を殺してしまえばいいだろうと……。そこで、大概のものは死ぬようなレベルでやってみたんだけれど、肉は腐ったの。

藤崎 ──腐った?

長沼 ──うん。それで腐った肉から微生物を拾ってきたら、それが放射線耐性菌だった。こいつがすごくて、人間の致死量の500倍、1000倍の放射線を当てても死なないし、1500倍当てても3分の1は生きているんだよ。

藤崎 ──それが、肉を腐らせた微生物だったんですね。そいつらは、こういう放射線の多いところでは優先的に存在しているんですか。

長沼 ──他の菌が死んじゃうからね。でも、普通、自然界においては、こいつらがメジャーになることはないだろう。この放射線耐性菌、「デイノコッカス・ラジオデュランス Deinococcus radiodurans」っていうんだけれど、放射線というのはひとつのファクターなだけ。放射線、あるいは高温、低温、その他諸々のどんな極限環境にも強い。で、極限環境といわれるところで微生物が見つかるでしょ、そうすると必ずデイノコッカス・ラジオデュランスが出てくるの。

放射線耐性菌デイノコッカス・
ラジオデュランスの電子顕微鏡写真。
人の約1000倍の放射線に耐性を示す
図版提供:日本原子力研究開発機構

藤崎 ──今まで行かれた南極とか、あるいは熱水噴出孔とか、砂漠とかで? そうすると、ハロモナスにちょっと近いような。

長沼 ──ハロモナスとデイノコッカスは近いところがあって、両方とも乾燥に強く水分を抜かれても死なない。まあ、ひとつの極限環境生物の生き方として通じるところがある。水分がなければないなりに、そこで耐えていけるものが、たぶん最強の生物なんだね。条件が悪化したら、水分を抜いちゃえばいい。

[*2]「グレイ(Gy)」という吸収線量/放射線が物質に吸収されるときの単位質量ごとに与えられるエネルギー量。単位の「グレイ(Gy)」は「ジュール(J)/キログラム(kg)」に等しい。さらに、吸収線量に放射線の生体への影響(線質係数、加重係数)を加味して、人体への放射線の影響(線量当量)を表わす「シーベルト(Sv)」という単位もある。3.5Svの放射線に曝された人は50%の確率で死亡するとされる。


デイノコッカスはDNAを修復できる

藤崎 ──放射線耐性菌がなぜ放射線に強いのか、そのメカニズムはわかっているんですか。

長沼 ──デイノコッカス・ラジオデュランスに関しては、つい最近、わかった。とにかく放射線を当てるとDNAがブチブチ切れるわけ。そうすると、小さく断片化しちゃうわけだよ。普通なら、断片化したらもうそれで終わり。ところが、このデイノコッカスがすごいのは、まずゲノムを複数に持っていること。

藤崎 ──複数に?

長沼 ──うん、2コピーとか3コピーまでする。大腸菌なんかは1コピーなの。複数に持つということは、断片化したときどれも全く同じようには切れないから、お互いに切れている場所が違うことで補い合えるということ。

藤崎 ──つき合わせてみれば、修復できる。

長沼 ──修復するには、断片化されたDNAをもとの長いDNAに戻さなきゃならないわけ。それって、実はわれわれ人間がゲノム解析でやっていることと同じなんだ。われわれがゲノムを解析するときも、DNAの塩基配列を切断しながら少しずつ遺伝子を読んでいき、通称「リード」と呼ばれる読みとったデータを溜め込んでいく。そうして、今度はデータとデータの重複する部分をつなぎ合わせて、もとの塩基配列に戻していくわけ。データの端っこのほうと、別のデータの端っこのほうを重ねながらね。

長沼 ──少しずつ重ねながら?

長沼 ──うん、DNAをランダムに断片化した短いデータの端っこと他のデータの端っこは、お互いに重なる部分があるから、それを少しずつ重ねて断片をつないでいく。デイノコッカスは、われわれと同じことをやっている。しかも人間がパソコン上でやっていることを、こいつらは自分の細胞内でやる。

藤崎 ──それは細胞のどこがやっているんですか。細胞の中にそういうコンピュータがあって、「あっ、これとこれはつながるな」とか……。

長沼 ──DNAがお互いにくっつくという、性質上の特性からね。

藤崎 ──自分で、正しい相手を探していく? デイノコッカスは、そういう能力に長けているということですか。

長沼 ──長けているんだけれども、そんな能力をいったいどこで手に入れたのかわからない。

藤崎 ──前にネットで調べてみたら、ある人は「乾燥耐性を手に入れたときの副産物だ」と説明しているようです。乾燥すると、やっぱりゲノムもブチブチになるんですか?

長沼 ──乾燥しても、別にブチブチにはならない。

藤崎 ──そうでないとすれば、地球上に存在するウラン鉱床なんかで、自然に臨界に達しちゃった天然原子炉のような所で生きていたやつが、能力を獲得したんですかね。

長沼 ──まあ、それは、あまりにもできすぎた話だよなぁ(笑)。

藤崎 ──それとも、宇宙に近い成層圏あたりに暮らしていて、大量の宇宙線に当たっているうちにそうなっちゃうとか。

長沼 ──確かに、成層圏から微生物を拾ってくると、デイノコッカスに近いものがとれるから、そういうことも確かにあり得るよね。われわれは深海とかいろいろな場所で調査をやっているけど、まだやっていない場所が成層圏なんだ。そこを調べてみると、そういうのがいっぱい出てくるかもしれない。

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