辺境の生物を追う旅を続ける科学者・長沼毅と、地球と生命に対する飽くなき好奇心を持つ作家・藤崎慎吾が、日本の辺境を訪れ生命について語り合います。生物にとって辺境とは何か、旅の先々で2人が見ている辺境のフロンティアを、一緒に体験してみませんか?

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第3回 「えのすい」にて潜水調査の思い出を語る(その1)

2008年7月 1日

辺境を巡る旅、第3弾でやって来たのは「えのすい」こと、新江ノ島水族館。深海の環境を再現した水槽を前に、長沼がこれまでの深海潜航の思い出を語る。それにしても1回1回の潜水調査ごとに、出るわ出るわの事件の数々。感動あり、珍事件あり、ずいぶんいろんな体験をしているんですね……。

撮影=山崎エリナ

企画・構成=日本科学未来館+光文社 取材協力=新江ノ島水族館



藤崎 ── 今日は神奈川県にある新江ノ島水族館[*1]の深海コーナーに来ています。後ろには熱水(温泉)を噴出する「チムニー」という煙突のような構造物(の模型)があって、シンカイヒバリガイとアルビンガイがくっついている。その背後には水槽がいくつかあって、ハオリムシ(チューブワーム)やゴエモンコシオリエビ、ユノハナガニなどの生き物たちがうごめいています。これは主に水深数百から数千メートルの熱水噴出域で見られる風景や環境の再現です。実際にそんな極限の環境まで行くのは困難なので、水族館の中にある擬似的な深海を訪ねることにしたというわけです。 まず一般の人にイメージされている「深海」とは何か。 私の感覚でいうと、真っ暗で光がない、水圧が高くて潰されそう、冷たい、寒い、酸素が少ない。あるいは、このごろ海洋深層水を使った様々な商品が出まわっていて、「深海は栄養が豊か」みたいな宣伝文句を見ます。でも、それは無機栄養のことで、魚なんかの餌になる有機栄養のようなものは少ないんじゃないかと思うんですが、どうでしょうか。

長沼 ──うん。やはり「餌が少ない」というのが、深海を特徴づける一番大きなファクターですからね。生物にとっては「腹を減らした世界」でしょうね。

藤崎 ── 魚とかカニとかエビとか、いる所にはいるけど、基本的に彼らが食べるものは少ないということですね。

[*1]新江ノ島水族館 公式HP

「チムニーだ!」と17回叫んだ男

藤崎 ── 先生が潜水調査船で深海に潜ったのは14回ですか。

長沼 ──そうですね。

藤崎 ── すごいですよね。

長沼 ──仕事ですから(笑)。

藤崎 ── もちろん中には潜航回数が59回なんていう、とんでもない方もいらっしゃいますけれど、先生がJAMSTEC(独立行政法人海洋研究開発機構、当時は海洋科学技術センター)に在籍していた期間を考えると多いんじゃないですか。

長沼 ──実質的には2年半くらいしかいなかったからね。

藤崎 ── それ以前にも学生の時に「かいよう」という調査船に乗って深海を見てたんですよね。北フィジー海盆でしたか?

長沼 ──そうですね。ちょうど熱水噴出孔が海外のグループによって発見されて世界のあちこちで報告された時、日本でもわが手で発見しようという機運が高まった。その最初の発見航海が、太平洋のフィジー諸島の辺りであったんですね。北フィジー海盆という場所での熱水探しを、フランスのチームと共同でやった。それに参加したわけです。

藤崎 ── ということは、採水器を使って水を採った?

長沼 ──熱水探しは順番があるの。だいたい海底地形を見て「このへんが臭いぞ」とまず判断する。変な山や谷があるところとか。で、その場所を船の上から実際に見つけて探査する。それから水を汲んで、熱水に由来する化学成分が多そうな所を探し当てる、というのが第1回目の航海の目的ですね。

藤崎 ── それで、探し当てた?

長沼 ──うん、その時僕は微生物が何かの化学成分に応じて増えたり減ったりするというんで、微生物が異常に多い所——我々の世界では「anomaly(異常な状態)」というんだけど、それを探すのが仕事だったんですね。幸いにして化学的なanomalyと微生物学的なanomalyがうまく一致する場所があって、確かにここには何かありそうだということがわかったんです。それが1回目の航海。その結果、我々はめでたく日本人の手によって、初めて熱水噴出孔を発見した。めでたし、めでたし。

曳航式深海底探査システム
「JAMSTEC/ディープトウ」
写真提供=JAMSTEC

藤崎 ── JAMSTECに入って、最初に「ディープ・トウ」[*2]を使ったんですよね? 船で曳航する海の中の凧みたいなやつ。

長沼 ──うん。海底地形探査ではまずエアガンというもので音を出して、その音の反射で地形を探る。それから「ディープ・トウ」。カメラが積んであって、海底の様子をつぶさに観察しながら引きずりまわす。

藤崎 ── じゃあ、まず船で地形を見て、水を採って成分を調べて、このへんだと思ったら「ディープ・トウ」を下ろして、そして発見、と。

長沼 ──そう。でも 「ディープ・トウ」は引きずりまわすだけだから、一か所に停まれないのね。「ああ、あった、あった」って言っても、その上を通り過ぎて終わる、みたいな。だから例えば「ディープ・トウ」に採水用のバッグをつけて、見つけた瞬間にポンとスイッチを入れると、水を採ってバッグのふたが閉まるというような装置も工夫した。

藤崎 ── うまくいったんですか。

長沼 ──うん、まあ4、5回は往復したけどね。僕は学生時代に2回乗ってるんだけど、2回目の時にはうまく当たりをつけて、最初から集中的に水を汲んだり石を採ったりした。ところが、その時「ディープ・トウ」が岩か何かに引っかかっちゃって、紛失するという事件が起きた。

藤崎 ── 引っかかったら、プツンといっちゃうんですか。

長沼 ──普通はケーブルを巻きだしてテンションを緩めつつ、うまく岩から外すんだけど、その時はうまくいかずにブチッといった。急に画面が砂の嵐になって「あれ? テンション……ないぞ」って。ケーブル巻き上げたら、途中で切れてるんだよ(笑)。

藤崎 ── えーっ、それで?

長沼 ──紛失。JAMSTECに入る前に、そういう貴重な体験をしちゃって(笑)。でも深海の様子を実際に見たのは、その時が最初。カメラ越しとはいえやっぱり熱水噴出孔を自分の目で見られたというのは嬉しいことですよね。しかも、日本人として初めて発見したんだから。その時の全体の雰囲気が素晴らしい。

藤崎 ── みんなで画面を見て……。

シロウリガイ 写真提供=JAMSTEC

長沼 ──うん。例えば映像を見ている間にコシオリエビがだんだん増えてくる。そのうちに死んだシロウリガイの殻が転がっていたりする。「おかしいな、おかしいな。何かが近いぞ」と。で、そろそろ来るんじゃないかな……なんて思った時にパッと出たね、チムニーが。

チムニー 取材時に江ノ島水族館にて撮影

藤崎 ── ほう、感動の瞬間。

長沼 ──うん。「ウォー! やったぁ!」って。JAMSTECに田中武男さんという人がいて、今でもおられるんだけれども、そろそろ来るって時に「ここは慎重に……」なんて言いながら、見た瞬間「チムニーだ!、チムニーだ!、チムニーだ!、チムニーだ!」と合計17回も叫んだ(笑)。

藤崎 ── 17回数えたんだ(笑)。

長沼 ──「ゴール!」って30回叫んだアナウンサーがどっかの局にいたけど、「チムニーだ!」が17回(笑)。

[*2]ディープ・トウ/JAMSTECが所有し、水深6000mまでの調査が可能な曳航式の探査システム 深海曳航調査システム「ディープ・トウ」(JAMSTECのHP)

生物が少ないはずの深海でクラゲの大群に遭遇

藤崎 ── その後、いよいよ「しんかい2000」[*3]で駿河湾に潜ったわけですか。

長沼 ──JAMSTECに入ってすぐに潜るチャンスを与えられることは、なかなか普通はないんだけれども、たまたま僕はラッキーで。でも駿河湾って別に熱水もなければ、当時はあそこにメタンが湧いてるということも発見されてなくて、いわゆる普通の深海調査だったわけですよ。ただの泥の海底が延々と続く、つまんない海底(笑)。

藤崎 ── シロウリガイがブワーッといたり?

有人潜水調査船「しんかい2000」
写真提供=JAMSTEC

長沼 ──当時の駿河湾ではまだ発見されていなかった。でも僕は駿河湾のいちばん深い所、水深1900何メートルという、つまり「しんかい2000」が潜れるいちばん深い所に潜らせもらったのね。

藤崎 ── 生き物はたいしていない?

長沼 ──うん。ただ、駿河湾の海底でクラゲのものすごい大群を発見したの。これが非常に印象深かった。

藤崎 ── ミズクラゲとか?

長沼 ──あの類じゃなくて、ちょっと黒っぽい色がついて、ものすごい大群。勉強した範囲では、深海というのは餌が少ないから生物量が少ないと考えてたし、学生時代に見た深海の印象もそうだったんだけど、何でこんなにいっぱいクラゲがいるんだろうと。つまり一般論として生物が少ないという話と、それにもかかわらず所々で大量に群れてるという状況——生物学では「patchy(パッチ状の分布)」というんだけど——これはまだ僕の中でも結びついてないんだね。説明もついてない。深海というのは、非常にpatchyに大群が存在し得る環境である。でも何で大群が発生するかっていうのはエコロジーの永遠の謎で、まだ解いた人は一人もいない。

藤崎 ── いないんですか。

長沼 ──いない。たぶん誰にもわかんない。でも、とにかく大群を発見したことがすごく印象深い。

[*3]しんかい2000/水深2000mまで潜ることができる有人潜水調査船。乗員数は3人。2002年に運航停止(事実上の引退)となるまでに1411回の潜航を行った。 「しんかい2000」システム(JAMSTECのHP)

チューブワームのクッション

藤崎 ── 2回目の潜航は1回目と同じ年で、1989年の7月ですよね。いよいよ熱水噴出域ですか?

長沼 ──伊平屋凹地(いへやおうち)です。

藤崎 ── その時は自分の目で見たんですよね。「ディープ・トウ」でカメラ越しに見た熱水とちがいましたか?

長沼 ──うん、まあ一応、自分の目で確かに見たからね。ただね、今の「しんかい」は温度センサーがついてて、熱くなるとブザーが鳴るんだよ。例えば熱水が湧いている場所の真上に着底して船体が焦げるなんてことは今では起きないんだけど、当時はセンサーがないから船体がしばしば焦げて、そこで色んなものが融けた(笑)。

藤崎 ── 知らないうちにね。

長沼 ──自分たちが入っている耐圧殻(たいあつこく。球状の船室)の真下に熱水が噴いてる。明らかに熱水が壁面に沿ってはってきて、窓ガラスにヒューッと流れてるの。すごい迫力(笑)。でも逆にいうと外が見えないのよ、窓の外がユラユラ揺れちゃって。だから観察には不向きなんだけれども、雰囲気は抜群。

藤崎 ── そういうことは今はできない?

長沼 ──できない。幸せな時代に潜りましたなあ(笑)。

藤崎 ── 熱水の泡がくっついて、アクリルの窓が融けちゃったっていう話もありましたね。

チューブワーム(ハオリムシ)
写真提供=JAMSTEC

長沼 ──そうそう。その時は、自分たちの入ってる耐圧殻の真下にチューブワームのコロニーがあった。熱水噴出域っていうのは泥もあるけど、岩でごつごつしていることが多いから、普段の着底とは違って普通はある種の衝撃があるわけよ。ズドンというか、ドシンというか。でもその時はフワッていう感じだった。「あれ?」って(笑)。

藤崎 ── クッションがあるなって。

長沼 ──そうそう、チューブワームのクッションだった(笑)。

藤崎 ── 着底する前に見えてなかったの?

長沼 ──真下は見えないんだよ。一応、斜めに降りながら着底するから、あのへんに降りるんだろうなっていうのはわかるんだけれども、沖縄のチューブワームって、ツンツン立ってなくてモシャモシャしてるのね、焼きそばみたいに。だから見えにくい。普通の岩っぽい海底なんだろうと着底したら、フワッと。

藤崎 ── 伊平屋凹地は2回行ってますよね。両方同じ目的で?

長沼 ──そう、生物採集と採水ですね。でもそれより面白かったのは、伊平屋凹地の中には双子の山があって、その麓からの高さ─比高(ひこう)というんだけども─を測ったら50メートルぐらいある。その山の麓から頂上まで全部チューブワームがいるの。

藤崎 ── それって熱水マウンド[*4]ですか。

長沼 ──きっと広い意味では熱水マウンドなんだろうけれども、海底の割れ目からお湯が湧いているような感じじゃないのね。たぶんマウンドのいたる所からじわじわじわっとお湯がしみ湧いているような。それでもって山全体がチューブワームで被われてる。

藤崎 ── すごい、50メートルの山ですよね。

長沼 ──うん、全山チューブワーム。

藤崎 ── 直径はどのぐらいあるんですか。

長沼 ──双子山だから麓の幅はたぶん100メートルぐらいあったと思う。壮観だったね。

[*4]熱水マウンド/海底熱水活動によって生じた小高い丘のような地形。その上にチムニーが並んでいることも多い。

ズワイガニに襲われる

藤崎 ── その伊平屋凹地の合間に隠岐海嶺へ行ったんですよね。

長沼 ──これはピンチヒッター。急用で行かれなくなった人の代わりで行った。日本海というと松葉ガニ、ズワイガニが有名だけれども、そのズワイガニの生態調査でした。ズワイガニは海底に餌を持っていくと、どこからともなく群がってくるのね、モワモワモワーッと。でも何で群がってくるのかがわからない。

藤崎 ── 匂いがする?

長沼 ──そうそう。匂いっていうのは化学物質でしょう? それが水の中に出ていくんだけれども、潮の流れがあって、上流とか下流がある。下流側なら匂いを感じて来るのはわかるけど、全方位から来るわけよ。そうなると拡散かなと思うんだけど、分子の拡散なんて遅いから、そんなに速く来るわけがないの。

藤崎 ── 数分とかで来る?

長沼 ──うん。おかしいなっていうことは昔から言われてて、当時、JAMSTECの橋本惇さんという研究者が、これはカニがものを食べる時のバリバリバリという音で寄って来るのではないかと考えた。それで、まずカニがものを食ってる時の音を録音しようということになった。録音したものを高速フーリエ変換という手法で周波数分析して、それをまた人工的に合成する。つまり人工的につくったカニの「ものを食べる音」を流したら、カニが寄ってくるかを試すわけ。僕のミッションは、その最初の録音をすることだった。だから海底に行ったら録音機のスイッチを入れて、じーっとひたすら待つ。

藤崎 ── 水深はどのくらいだったんですか。

長沼 ──1200メートル。でも結局、合成音にカニは集まって来なかった。

藤崎 ── じゃあ音ではない?

長沼 ──うん。未だに謎なんですよね。その時は、前の潜航で餌にするサバの切り身を海底に置いてきた。そこにカニが群がってバリバリ食ってる音を、翌日、録りに行くのよ。行ってみたら、もう餌のまわりにカニが山を作ってるわけ。数十匹いたかな、モワーッと。

藤崎 ── それを獲って、持って帰って食べたりとかは?

長沼 ──いや(笑)。その次の日にも、餌を持って行ったの。すると昨日の餌はもう食い尽くされていたけど、カニはまだカニ山を作ってて、みんな「何だよ、これ話がちがうじゃないか。餌どこにあるの」みたいになってる。そこにサバを持って現れる「しんかい2000」(笑)。カニと目が合って「うっ……何かこれヤバいな」と感じた。「ああ、餌がきた!」ってカニは思うわけでしょ。するとカニ山が崩れて、一斉にこっちへ向かってゾーッて移動してくるの。

藤崎 ── 餌を持ってきたのが、わかったんですね。

長沼 ──そう。「しんかい」の餌をめがけて、サンプルバスケットにドドドドッてよじ登って、どんどん上へ上ってくるの。水中は浮力があるというか、中性だから、カニだってジャンプすれば簡単にフワーッと浮くわけ。窓の前をカニがモワーッと漂う(笑)。

藤崎 ── それは不気味だね(笑)。

長沼 ──「しんかい」で、いちばん怖かったかな。カニに襲われるのかって(笑)。

藤崎 ── そのまま浮上してきたんですか、カニを乗っけたまま?

長沼 ──途中でバスケットから落ちたんだよね。

藤崎 ── それは惜しかったですね(笑)。


30メートルが命取り

藤崎 ── 5回目の潜航は鳥島海山。その時、面白いものを見つけたんですよね?

長沼 ──いや、クジラの骨のことだったら、前の年に発見されてた。

藤崎 ── えっ、もう発見されてたんですか。

長沼 ──うん、前年に静岡大の和田秀樹さんが地質学の潜航で潜ったら、偶然、クジラの骨を発見したの。カリフォルニアの沖でもクジラの骨が発見されていたんだけど、そこにいろんな生物が群がっていた。深海というのは餌の乏しい世界だけども、クジラみたいに巨大な生き物の死体が転がっていたら、そこは格好のオアシスというかパラダイスだよね。色んな生物が寄ってくる。でもその中になぜか熱水噴出孔にいるのと類似した生き物が見られた。チューブワームも後に見つかった。そこで考えられるのは、クジラの死体が腐敗して硫化水素─卵の腐ったような匂いがあるやつ─が発生したのだろうと。熱水噴出孔も硫化水素を出すから、クジラの骨にチューブワームをはじめとする海底火山的な生き物の群集が形成されたのも硫化水素のためだということが、すでにいわれていた。ちょうど僕はその時カリフォルニア大学にいたんだけど、この話がカリフォルニアでワーッと広がったわけ。深海熱水噴出孔のアナログ(類似)が「クジラの骨」だと。そういう調査に参加したいなと思ってるうちに、日本でも発見されたというニュースが入ってきた。それで行きたいと思っていたら、JAMSTECに帰ってすぐ鳥島に行けるチャンスがあったんで、潜らせてもらった。

藤崎 ── 実際に鯨骨を見た?

長沼 ──その時に、またすごいことがあってね。今のGPSはディファレンシャルGPS(DGPS)といって、誤差がとてもちっちゃいんだけど、当時はまだ旧タイプで、誤差が30メートルあるの。

藤崎 ── そんなに?

長沼 ──うん。30メートルというのは、だいたい大きい船の幅ぐらいなんだけれども、船の探査にとってはそのぐらいの誤差はやむを得ないわけ。でも潜水調査っていうのは、視程が10メートルくらいしかないから、30メートルずれたら見えるものも見えない。だから鯨を見つけに潜ったんだけど、GPSと音響測位によればここだ、という場所にピンポイントで行っても、ない。それから10メートル刻みで5時間、碁盤の升目のように走ったけど、結局、この誤差が命取りで見えなかったの。後でわかったことだけれども、かすってた。

藤崎 ── ああ。じゃあ、ほんの1、2メートル先にあったかもしれない。

長沼 ──10メートルの視程内に白っぽいものが見えれば「あっ、骨だ!」となったんだろうけれども、さらに1、2メートル向こうだともう見えないからね。そういう意味で深海探査の厳しさというか、30メートルの誤差も命取りになるってことを散々味わいました。

藤崎 ── 96年にまた伊豆・小笠原に行っているのは、これのリベンジ?

長沼 ──リベンジ。

藤崎 ── 見た? ようやく?

長沼 ──うん。結局、僕が数時間、走りまわってだめだったことが参考になって、次の人は一発で見つけたわけ。それでその時にサンプリングしたら面白いことがたくさんわかったから、その研究をさらに深める意味でもう一回行こうということになって。そこで初めてクジラと対面。

藤崎 ── どうでした?

長沼 ──素晴らしいですね。その時にクジラの骨を採ってくるんだけれども、骨って数に限りがあるんで、持ってきちゃうとその生態系は絶滅するわけです。だから、あらかじめ別のクジラの骨を仕入れて代わりに置いてきた。

藤崎 ── 置き換えてきた?

長沼 ──うん。洗濯ネットの中にクジラの骨をつめて置いてきたのね。そのほうが持ち運びしやすいから。僕はその後は行ってないんだけれども、別の人が後で行ってそれを撮影したわけ。そうするとネットの中にエビや魚がいるわけよ。たぶん体がネットの目を通るようなちっちゃい時に入りこんで、クジラの骨を食いまくって……。

藤崎 ── 大きくなって……。

長沼 ──出られない(笑)。井伏鱒二の『山椒魚』みたいな話。馬鹿だね、お前らっていう(笑)。

藤崎 ── ちなみに沈んでいたクジラの名前は何でしたっけ。

長沼 ──ニタリクジラ[注5]。クジラの耳骨を回収して、それを専門家に鑑定してもらいました。

[*5]ニタリクジラ/ヒゲクジラの仲間で暖かい海に多い。最大で体長14mくらいになる。鯨骨生物群集については長沼毅の著書『深海生物学への招待』(NHKブックス)に詳しく書かれている

「その2」に続く



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