辺境の生物を追う旅を続ける科学者・長沼毅と、地球と生命に対する飽くなき好奇心を持つ作家・藤崎慎吾が、日本の辺境を訪れ生命について語り合います。生物にとって辺境とは何か、旅の先々で2人が見ている辺境のフロンティアを、一緒に体験してみませんか?

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第1回 プロローグ
“酒都”西条で、微生物を語る(後編)

2007年6月13日


辺境の生物を訪ねる2人の旅の初回で、“日本酒”から始まった微生物談義。ここで話題となったのが微生物の定義だ。アーキア(Archaea=古細菌)、バクテリア(Bacteria=細菌)、真核生物(Eukaryote)の頭文字をとって「アベさん」が微生物だというが…。

撮影=山崎エリナ
企画・構成=日本科学未来館+光文社

地球は微生物の星

長沼 ── アーキアとバクテリアは見た目はまったく同じなのに、その中身のちがいたるやすごい。遺伝子のちがい、ゲノムのちがい、そのちがいからみたら人間と酵母なんて兄弟なの。

藤崎 ── 兄弟? ほぅ……じゃあ、たとえば人間と酵母が僕とネズミとの関係だったとしたら、アーキアなんていうのはタコとか、そのへんになるの?

長沼 ── もっといくんじゃないか、植物とかさ。

藤崎 ── そうか、植物へいっちゃうのか。

長沼 ── 生物の多様性を考える時に、熱帯雨林だとかサンゴ礁とかは大差ないに等しいじゃない。

藤崎 ── ああ、確かにE(Eukaryote:真核生物)の中ではね。

長沼 ── うん、ないない。だからほんとうの多様性を知りたかったら、ちっこいほうをやれよって思うのね。

藤崎 ── アーキアとかバクテリアの中での多様性というのも、また大きい?

長沼 ── うん、圧倒的に少ない種の数しか知られていないのに、多様性はものすごい。そこが面白い。動物とか植物が何百万種もいるのに対して、バクテリアは今までにせいぜい5000種しか知られていなくて、アーキアもちょっと数字は憶えてないけどそんなに多くないのよ。それなのに多様性はものすごい。

藤崎 ── それだけ古いっていうことでもある?

長沼 ── 古いっていうか、生きかたがまったくちがうんだ。

藤崎 ── その人たちは、地球上あまねくどこにでもいると言ってしまっていいのかな?

長沼 ── ちっこい故にね、どこでも生きられるよね。大きい生き物っていうのは、外見がどんどん特化している。つまり我々みたいな多細胞生物になって、そこからさらに色んな複雑な発展をしている。つまりスペシャリストとしてあるものに特殊化していく進化をしている。だから生きていける範囲はすごく狭い。それに対してバクテリアとかアーキアっていうのは、なりはダサいけど中身がすごい。どこにでも適応できる力を持っている。

藤崎 ── ジェネラリストとしてどこにでも適応できるように進化していった。

長沼 ── そうそう。一人で何でもできるし、二人いたら、もっと色んなことができる。似たような機能を持った人間が何人集まったって、同じようなことしかできないけど、バクテリアはすごいよ。ちがった種類のやつが何人か集まると、1足す1が3、みたいな相乗作用がある。哺乳類は、例えば10種類が集まったって何もできない。

藤崎 ── そうかな(笑)、バクテリアから見ればそうなのかも。お前ら何もやってないって。

長沼 ── 何もできないよ。哺乳類が10種類集まったって何もできないよ。どうせできることっていったら食い物の奪い合いでしょう。

藤崎 ── 微生物が10種類集まると、何ができる?

長沼 ── お互いにお互いの欠陥を補っていって、ほんとうに1足す1が3になっちゃう。

藤崎 ── じゃあ、それについては、これから訪ねていく極限環境のほうで実証していきましょう。

長沼 ── そうしましょう。

藤崎 ── 微生物の種類もさることながら、量っていうのはどうなんですか。哺乳類を全部足した生物量と微生物全体を足した量とでは、当然、微生物のほうが多い?

長沼 ── 哺乳類は忘れた(笑)。忘れたが、とりあえずこの陸上と海にいる動物を全部集めると、100億トンと言って、当たらずといえども遠からず。それに対して全微生物を集めると、たぶん1兆トンとか2兆トンとか3兆トン。

藤崎 ── ちっちゃくてもケタがちがう。

長沼 ── うん。なりはちっちゃいけど、これは目に見えないだけであって、いたる所に大量にいるから、それを全部寄せ集めるとものすごい量になっちゃう。

編集者 ── じゃあ、地球は微生物の星ですね。

長沼 ── そうですね。


パスツールとコッホの偉業

藤崎 ── そういう小さいものたちに人間が気づいたのっていつ頃だったと思います?

長沼 ── いつ頃かねぇ。「発酵」という現象を利用したのはもちろん古いんだけども、それが微生物によるものかどうかは、当時の誰もわかってなかったでしょう? 発酵が微生物によるものだってちゃんと言ったのはパスツール(1822〜95年)だけど、じゃあパスツールがその最初の人かっていうと、それもよくわからない。パスツールも誰かの話とか色んな伝承をもとに、そう思ったんだろうから。

藤崎 ── 一応、レーウェンフック(1632〜1723年)が顕微鏡で初めて見たって……。

長沼 ── そう。

藤崎 ── 彼はそれを生物だと認識したんですかね? だとすれば、それが最初の出合い?

長沼 ── そう、実証的にはレーウェンフックの観察が一番古いんです。ただレーウェンフックの前にも見た人はたぶんいる。でも、ちゃんと確信を持って生き物だと言ったのはレーウェンフックだから。

藤崎 ── じゃあ発酵っていうか、「ものが腐る」ことを、微生物のせいだと発見したのは、一応、パスツールと?

長沼 ── うん、しかもそこには概念の大きな進化があった。例えばゲーテ(1749〜1832年)の「ファウスト」っていう小説に「ホムンクルス*5)」っていうやつが出てくる。要するに、ちっこい生き物は、我々をどんどん相似形として小さくしたものというふうな認識もたぶんあった。レーウェンフックの時代には、微生物のことを「アニマルキュール」って呼んでるのね。「キュール」っていうのは、ちっこいっていう意味の接尾語。だから「ちっこい動物」って呼んでる。

藤崎 ── そのものですね(笑)。

長沼 ── だけどパスツールは、「いや、こいつらは俺たちとはちがうんだ」と言った。その新しい概念は、たぶんパスツールが最初なんです。

藤崎 ── 単にちっこいだけじゃなくて……。

長沼 ── ちがう生き物だと。

藤崎 ── パスツール以降で重要な人っていうと……、コッホ(1843〜1910年)は細菌や病気のほうですが。

長沼 ── 発酵学と医学の問題は、とても大事だったのね。パスツールはもちろん発酵学でがんばったし、コッホは医学でがんばった。で、コッホが偉かったのは、微生物を単細胞として採れる技術をつくったことにある。寒天の上に微生物を生やす「固体培養」っていう方法によって、微生物を一個一個のものとして扱えるようにした。それまでは一個一個をより分けられなかったのね。

藤崎 ── 顕微鏡を見ながら分けるっていうのは無理でしょうね。

長沼 ── ちなみにパスツールは酒石酸*6)の結晶を分けて、D体とL体っていうか、光学異性体*7)を発見したわけ。

藤崎 ── えっ、あれパスツールなんですか?

長沼 ── そう、自分でつくった酒石酸の結晶を、顕微鏡の下で、これはこっち、これはあっちと分けてみたら50対50だった。発酵による酒石酸は、結晶が樽のところに出てくるわけ。その結晶をよく見ると、光学的にひとつの性質しか示さないのに、人工合成したものは二つに分かれる*8)という。

藤崎 ── それが光学異性体だということはどうやってわかったんでしょうか?

長沼 ── 分子構造からそうなるはずだと。わかった上でやってみたら、ほんとうにそうだったという。つまりパスツールは、仮説を立てて観察や実験を行い、それで仮説を立て直してはまた観察や実験をするという、仮説検証型の研究の始まりみたいなことをした。

藤崎 ── すごい人ですね。

長沼 ── だからプレートテクトニクス*9)にも匹敵する偉業なの。

藤崎 ── それ以降、コッホが培養ということをやって、コロニーができるから、そこから一個の細胞を取りだす技術を……。

長沼 ── そう、一個のコロニーが一個の細胞に由来するという信念があって、それで結局、一コロニーが一細胞だと。

藤崎 ── つまりコッホは、コロニーはひとつの細胞から増えていったものだという信念を持っていたと?

長沼 ── そうそう。

【脚注】
*5)「小さな人」を意味するラテン語で、錬金術師が作りだしたという一種の人工生物。人間の精子の中には、小人のような人間の雛形が入っているという発想に基づく。
*6)ヒドロキシカルボン酸の一つで、ブドウ酒をつくる際に沈殿する酒石の中に含まれていたことから、その名がついた。光学活性のちがいによってL-酒石酸、D-酒石酸、メソ酒石酸に分かれ、天然に存在するのは主にL-酒石酸である。
*7)同じ分子でできているが、鏡で映したように構造の異なる化合物のこと。これらの化合物は透過する光の振動面を右か左に回転させる性質があり、右に回転させるものを「D体」、左に回転させるものを「L体」と呼ぶ。アミノ酸も光学異性体で、通常、生物の体に含まれているのはほとんどL体である。
*8)ヴェーラー(1800〜1882年)による尿素の人工合成(1828年)を契機に、有機物の人工合成時代が到来した。パスツールが酒石酸を人工合成したのは1849年である。
*9)地球は十数枚の「プレート」と呼ばれる岩盤で覆われており、それぞれがマントルの上で少しずつ移動しているとする説。ウェゲナーによる大陸移動説に、後の海洋底拡大説が加わって発展した。

あらゆる場所に全種類がいる

藤崎 ── パスツール、コッホ以降って、どういう重要な発展がありましたか。

長沼 ── ロシア人なんだけれども、ヴィノグラドスキー(1856〜1953年)っていう人がいるのね。彼は一生の間に大した数の論文を書いてないの。たぶん十数本しか書いてない。でも、そのどれもがとても重要でね。一番重要なのは、パスツールにしろコッホにしろ、微生物は有機物を食って生きてると思ってた。

藤崎 ── 人間と同じように…。

長沼 ── そう。有機物を食わないで生きていけるのは太陽光線浴びて生きてる植物だけだとね。ところがヴィノグラドスキーは、ある種の微生物は、有機物不要、無機物のみで生きていけて、しかも光も不要、なぜか知らないけれどもそういうのがいるということを発見した。

藤崎 ── その前に、光合成するたとえば藻類なんかについては、わかってたんですか?

長沼 ── わかってたのかな、ちょっと自信ない(笑)。でも考えたら植物なんかはちっこい種から生えるんだから、別に植物的なものが小さくたって誰も驚かない。花粉だって小さいんだからね。

藤崎 ── 驚くのは光も有機物もなくて、でも生きているやつがおると。

長沼 ── そうそう、つまり当時の学問としては、光で生きているのが植物で、有機物で生きているのが動物っていう発想だった。その中で光も有機物もいらないっていうのは、いったい何だと。つまり概念的には第三の生物ね。

藤崎 ── その辺りについても、また、おいおい掘り下げていきましょう。

長沼 ── うん。ヴィノグラドスキーはロシア人だったが故に、彼の業績はあまりワッとは広まってないの。ジワジワと広がっているんだけれども。でもやはり彼の業績はでかいんで、記念碑的な仕事になってるんです。

藤崎 ── 20世紀以降は?

長沼 ── 20世紀以降は、まあその延長線上にあるのかな。延長線上にあるけれども、たぶん重要なことがひとつあって。バース=ベッキング(1895〜1963年)っていう人が、1930年代、微生物のエコロジーを真面目にやってたのね。それまで微生物研究っていうのは、発酵とか医学とか、あとは農学の土壌生物の分野で行われていたけれども、エコロジーの対象としてはあまりやられていなかった。それをちゃんとやったバース=ベッキングが、「あらゆる場所に全種類がいる(Everything is everywhere)」って言ったの。つまり、こんな所にこれはいないだろうと思って探すと、ちゃんといるんだって。ただし、その多い少ないには差があって、それは環境によって選別されるという。例えばここに酸性の土壌があったら、酸性に強い菌が多くいるだろう。だけどそこには、アルカリ性で生える菌も、よく探せば絶対にいるんです。

藤崎 ── じゃあ極限環境まで行かなくても、そこにいる生き物は、ここにもいる可能性があると。

長沼 ── その通りなんだよ、その通り。だから極限環境微生物の探訪というのも、その辺でいいの。

藤崎 ── ここでやれちゃうと(笑)。

長沼 ── つまり日本は極限環境の坩堝。

藤崎 ── 坩堝ですか?

長沼 ── 何でもある。

藤崎 ── ありますか?

長沼 ── うん。

藤崎 ── じゃあ、別に南極に行かなくてもいいし……。

長沼 ── うん、君も経験しただろう? 人生の南極を何回も(笑)。

藤崎 ── 人生の砂漠も経験したし、まあ色々あります(笑)。じゃあ、そろそろ祭りもたけなわの頃になりますので、くり出しましょうかね。

編集者 ── ちょっと松尾神社*10)を経由して……。

長沼 ── えっ、行くの?

藤崎 ── 行きますよ。ちゃんと酒の神様に挨拶しとかないと。

【脚注】
*10)西条の酒造組合が京都嵐山の松尾大社から分霊を受けて、御建神社の敷地内に建立した神社。祀られている大山咋神は醸造神として崇められており、拝殿には西条の酒造メーカー各社の酒樽が奉納されている。

次回の目的地は、国立極地研究所。どうぞお楽しみに。

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