辺境の生物を追う旅を続ける科学者・長沼毅と、地球と生命に対する飽くなき好奇心を持つ作家・藤崎慎吾が、日本の辺境を訪れ生命について語り合います。生物にとって辺境とは何か、旅の先々で2人が見ている辺境のフロンティアを、一緒に体験してみませんか?

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第1回 プロローグ
“酒都”西条で、微生物を語る(前編)

2007年3月27日

辺境の生物を訪ねる2人の旅は、日本酒から始まった。これから出会う辺境の生物たちは実はほとんどが微生物。科学者長沼が毎年参加している広島県西条の酒祭りで、人と微生物との関わりについて語り合われた。

撮影=山崎エリナ
企画・構成=日本科学未来館+光文社

酒祭りたけなわの酒蔵で2人が語り合う理由

藤崎 ── このテーブルの脇にあるのは、酒樽の蓋ですよね。

長沼 ── うん。

藤崎 ── 昔の醸造所を改装した店*1)だから。

長沼 ── 醸造学校だよね、教習所みたいな。県の指導を受けて、このへんの人たちに広めるための自主的な塾のような学校。

藤崎 ── とりあえずこれから地球上の辺境とか、極限環境と言われるような場所を訪ね歩いて色んな生き物に会う旅を、1年だか2年だか3年だかしていくわけですけど……。

編集者 ── いや、1年でお願いします(笑)。

藤崎 ── まあ、そういう場所で出会う生き物は、たいてい微生物と考えていいですよね?

長沼 ── いい。

藤崎 ── で、今日は、その微生物と人との関わりというところから、まず入っていこうかなと。

長沼 ── そういうもんかな(笑)。酒が入口か(笑)。

藤崎 ── ここ広島県は西条という土地なんですけど、この町は「酒都(しゅと)」と自称しているようですね。

長沼 ── イイねえ。

藤崎 ── 酒都、西条。

長沼 ── 今の酒を語るに欠かせないのは、吟醸酒だよね。吟醸酒を造る元は、精米機じゃないですか。その精米機の発祥の地がここ。

藤崎 ── 発祥の地なの、ここが?

長沼 ── うん。ここのメーカーは世界の精米機の90数%を占める。

藤崎 ── なるほど、(酒好きで、かつ微生物を研究する長沼先生は)相応しい場所に住んでらっしゃるんですね。

編集者 ── ちなみに西条って若い杜氏が多くて、新しい酒造りの中心地だったらしいですね。今の人もそうなんですか?

長沼 ── そうそう、非常にチャレンジング。だから「協会九号*2)」というありきたりな酵母に頼ってないし、「山田錦」っていうありきたりの酒米にも頼ってない。

藤崎 ── 山田錦使ってないの?

長沼 ── 使ってるよ、もちろん。使ってるけど、ここではわざと変な酒米使ってみたり、変な酵母使ってみたりするらしい。

藤崎 ── 酒祭り*3)っていつからやってるんですか?

長沼 ── わかんないよ(笑)。

藤崎 ── 昔からやってるわけじゃないでしょう?

編集者 ── さっきタクシーの運転手さんが十数年前からと話してましたが。

藤崎 ── やっぱり最近なんだ。

長沼 ── 俺がここに来た時は、たぶんまだ始まったばかりで、非常にこぢんまりしたものだったから。

藤崎 ── 先生は酒祭りで毎年何をやってるんですか? 美酒鍋*4)を必ずやるとか?

長沼 ── そんなことはない。美酒鍋は、お客さんが来た時にだけふるまうんだよ。

藤崎 ── じゃあ、この祭りは単に飲み歩いて……

長沼 ── うん、酒蔵を練り歩く。で、メイン会場の中央公園には、日本中からもう何百種類ものお酒が集まってくるから、居ながらにしていっぱい楽しめるでしょう。観評会とか品評会というのは限られた酒だから冒険がないけど、酒祭りには色々と来るからね、冒険心のある酒が。

藤崎 ── ちなみにどの銘柄が好きなんですか?

長沼 ── いやー、わかんないよ。あまり詳しくないんだよ(笑)。まあ旨けりゃあ何でもいいんだけど(笑)。

【脚注】
*1)広島県東広島市西条上市町2-4 賀茂泉酒造内にある「酒泉館」という酒喫茶。
*2)日本醸造協会で純粋培養され配布されている清酒酵母。
*3)西条では毎年10月に市民の祭典として「酒祭り」を行っている。
*4)西条の郷土料理。名前の通り酒で具材を煮こむ。昔は醸造所のまかない料理だったという。

酒に欠かせない微生物、“麹”と“酵母”

藤崎 ── プロローグとはいえ、多少は科学っぽい話もしなければならないんですけど……まずは酒と微生物について。麹と酵母っていうのは、酒造りに二つとも関わっていると考えていいんですか?

長沼 ── 難しいこと考えてるね(笑)。たぶんそうだよ。麹と酵母が要るんでしょう。

藤崎 ── 麹と酵母とどっちが大事?

長沼 ── わかんないよ(笑)。ただ麹って普通に売ってるの。で、それを買ってきてパラパラにして、ふるいかなんかにかけて粉々にしたあとで、サササッと振りかければいいのね。でも酵母はさ、みんなが守ってるんだよね。

藤崎 ── 酒の蔵が?

長沼 ── うん。で、その蔵っていうかロットごとに、ちゃんと、これにはこの酵母っていうこだわりを持っている。さっき言った「協会九号」は一番ポピュラーだけれども、広島県においては「せとうち21」っていうのが最もポピュラーで……。

藤崎 ── それも酵母の品種?

長沼 ── そう。広島の、特にこの西条の水に合わせて作ったのね。でも麹はそのへんのまさに売ってるのを買って使っているわけ。だけど酵母は誰かが品種改良したものを大事にみんなで守ったり、あるいはその蔵で代々使われている名前もないような酵母を使ってるというか、継承してるというかね。

藤崎 ── よく“蔵についている”って言うじゃないですか。この蔵、古くなったけど蔵づきの菌がいるから潰せないとかいうように……。そういうのってありえますか。

長沼 ── わかりません(笑)。でもたぶん麹はありうると思うよ。酵母はちょっとわかんないけど、蔵についてる酵母がなんかのはずみで何かに入っちゃったりしたら、それってコンタミネーション(汚染)だよ。

藤崎 ── それがむしろ特徴になるのかなぁと。

長沼 ── うん、いいかもしれない。だけどちょっと微生物学的には良くないなと思うよ。

藤崎 ── この蔵から出ていった酵母がこっちの蔵に飛んできて混ざったというようなことは ……。

長沼 ── そんなコンタミネーションがあったら、かえって良くないわけだよね。

藤崎 ── じゃあ、やっぱりそのへんはコントロールしてるんですか。

長沼 ── してるつもりなんだよ、みんなね。だけれども、コントロールし得ない部分でそういったことがあったら、それは確かに奇跡の一部だよね。

微生物はアベさん

藤崎 ── 酵母と麹っていうのは、同じ真菌?

長沼 ── そうそう、いわゆるカビの類ね。

藤崎 ── 「麹カビ」とは言うけど、「酵母カビ」とは言わないよね。

長沼 ── 麹は明らかに糸状というか、いわゆるカビカビしてるんだよ。酵母ってカビっぽくならないよね。普通に培養した時にはちょっと丸っこい単細胞として存在するから、カビっぽくはならない。ただ条件によっては酵母もカビになるんだけれど。

藤崎 ── 見た目がカビっぽくなるやつがカビと言われている?

長沼 ── そうそう。

藤崎 ── 「麹菌」と言ってもいいわけでしょう?

長沼 ── 麹菌と言ってもいいし、酵母菌と言ってもかまわない。それはいわゆる「バクテリア」というばい菌とはちがう。ばい菌というか細菌というか。

藤崎 ── 細菌とはちがう?

長沼 ── 細菌は遺伝子が核に包まれてないし、守られてない。

藤崎 ── 原核?

長沼 ── そう、原核生物。で、酵母と麹はちゃんと核があるから真核生物。

藤崎 ── より高等だと言っていいんですか?

長沼 ── どうなのかな(笑)。バクテリア屋としては、一概にそう言っていましたが(笑)。

藤崎 ── そもそも微生物っていうのは、何か定義があるんですか?

長沼 ── 顕微鏡で見るもの。

藤崎 ── 顕微鏡で見るもの、目には見えないものと言っていい?

長沼 ── 目に見えても小さかったら顕微鏡を使うじゃん、ダニとかさ。

藤崎 ── ダニって微生物とは言わないでしょう?

長沼 ── 動物学がバックの人だったらダニも動物学の一分野だって言うだろうし、微生物学から来た人は微生物でしょうって言うだろうし、そのへんは境界線が曖昧なんだよね。だいたい0.1ミリぐらいが人間の目に見える範囲だから、それを下まわったら明らかに微生物だよ。

藤崎 ── ミジンコとかあのへんは?

長沼 ── ミジンコはどっちでもいいや(笑)。

藤崎 ── 一応、ミジンコは多細胞だけど、単細胞か多細胞かっていうのは関係ない?

長沼 ── 関係ない。細胞の数は重要ではあるんだけどね、微生物の定義からいったらあまり関係ない。

藤崎 ── ウイルスも微生物?

長沼 ── うん、生き物と思えばね。

藤崎 ── そうか、まず生き物であるかどうかという問題がある。

長沼 ── うん。

藤崎 ── 微生物って、細菌とかウイルス、カビもそう? 種類はそんなもんですかね。もっとちゃんと学問的な分けかたをすると、どういったものですか?

長沼 ── 微生物は今言った「真核生物」の、ちっこいものというのが一つね。酵母はもちろん入る。カビも入る。その他もろもろ、アメーバも入ってくるな。色んなものが入ってくる。二つ目はバクテリア。日本語では「細菌」と呼ばれているもの。もう一つは「アーキア」。「古細菌」だよね。古細菌っていう日本語の呼び名には賛否両論がありすぎるから、アーキアと、まずはカタカナで呼ばせる。したがって微生物はアーキアとバクテリアと真核生物。アーキアは頭文字がA、バクテリアはB、真核生物は「Eukaryote」だからE、ABEさんだね(笑)。

藤崎 ── 微生物はアベさん(笑)。

長沼 ── 安倍首相には、ぜひこのへんをやって欲しいなあと(笑)。それはともかく、Eっていうのが真核生物で、その中にカビも酵母も植物も動物も全部入ってくるわけ。人間もゾウもキリンも虫けらも全部そこに入ってるのね。

だから酵母と人間との縁の近さを考えたらさ、一個のグループよ。ワンファミリー。自分と酵母はワンファミリー。そこからアーキアとかバクテリアをみたら、もう全然ちがった生き物になってるからね。アーキアやバクテリアってちっこいんだよ、一ミクロンぐらい。一ミクロンぐらいで、見た目は全く同じよ。全く同じなんだけれども、中身は全然ちがうの。

藤崎 全然ちがうっていうのは、どういうこと???

(後編につづく)

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