毛利衛から退任のごあいさつ

3月末をもって、日本科学未来館館長を退任いたします。2001年の開館以来、多くの来館者の皆さま、展示やイベントづくりを支えていただいた研究者や関係者の皆さま、そして情熱をもって日本科学未来館の運営を担ってきたスタッフら、本当に多くの方に支えられてきました。私自身この20年間、世界に類のない新しい科学館づくりへの挑戦の連続で、やりがいのある時間を過ごすことができました。

振り返れば、2度目の宇宙でのミッションを終えて、館長就任の依頼を受けたとき、「宇宙から地球を見つめた自分に課せられたミッションだ。私たちがともに生きている地球の持続的な未来に科学技術がどのように貢献できるのかを発信する基地をつくろう」と決意しました。2001年、日本科学未来館は「科学技術を文化として捉え、社会に対する役割と未来の可能性について考え、語り合うための、すべての人々にひらかれた場」を理念に誕生しました。ところが当初、スタッフが所属する組織と館長が所属する組織が異なり、意思の統一が行えず、国際科学館協会からその弱点を指摘されました。2009年、政府の行政刷新会議(当時)による、いわゆる「事業仕分け」を乗り越えることで、館長が直接職員に展示ビジョンを共有し、ミッションを実践できる世界標準の組織になりました。

市民と研究者が、ともに科学技術で未来の夢を描くためには双方の対話が必要です。そのために科学コミュニケーターの育成に力を入れました。科学コミュニケーターが市民と研究者の間に入り、双方の理解を推進する役割を担っています。また、研究者の顔が見える科学館であることにこだわり、すべての常設展示を第一線の研究者・技術者とともにつくりあげてきました。館内に多様な分野の研究者による独立した研究施設も併設しましたが、そんな科学館はそれまで世界中どこにもありませんでした。

2011年3月の東日本大震災にともなう原子力発電所の事故により科学技術に対する多くの人々の信頼が揺らぎましたが、日本科学未来館にも大きな試練となりました。3か月間休館しましたが、現地に科学コミュニケーターを派遣し若者による復興会議をサポートしたり、インターネットで特設サイトを開設したりしました。これが現在のコロナ禍でも、オンラインでの活発な情報発信につながっています。この経験と国際的な科学館としての役割を考慮して、Miraikanビジョン「地球という惑星で100億人が生き続けてゆくために、日本科学未来館は地球規模課題を解決するための科学コミュニケーションの中心拠点を目指します」を宣言しました。

このビジョンは国際的に注目され、日本科学未来館の発信力も高まりました。また、開館以来アジア太平洋科学館連携協議会では常にリーダーシップを発揮してきました。2017年には、世界科学館サミット(SCWS2017)をアジアの科学館として初めて主催しました。国連の持続可能な開発目標(SDGs)をいち早く取り入れ、世界の科学館ネットワークの活動方針・行動指針として「東京プロトコール」をまとめあげました。持続可能な社会を創出する役割を世界の科学館とともに担っています。今では、日本科学未来館の存在に影響され、未来をともに考えることを目的としたフューチャーリウムという科学館の建設が世界で多くみられるようになりました。

4月からは浅川智恵子新館長が就任します。新しいリーダーシップを発揮されることと確信しています。これからも、日本科学未来館が世界に開かれた科学コミュニケーションの拠点として、科学技術の役割を問い続け、あらゆる分野の「知恵」を集めグローバルな人類の将来社会に貢献できるよう期待しています。私も引き続き、日本科学未来館や科学コミュニケーションの発展に新たな立場から尽力したいと思います。改めて、ご支援・ご協力いただいた多くの方に感謝申し上げて、私の退任あいさつとさせていただきます。 ありがとうございました。


毛利 衛