Thender is the Night 夜の話。

「不可能なことをやるのが、詩。」

毛利●谷川さんの詩を読むと、実はものすごく科学的な人なんじゃないかという気がするんです。

谷川◎科学の知識はないんだけど、話していると、論理的だとか科学的だとか言われることはありますね。

毛利●言葉を研ぎすませていけばいくほど、きっと論理的な矛盾が見えてきて、曖昧な言葉を使えなくなるんじゃないですか?

谷川◎詩は、曖昧なもの、矛盾しているものを一つに統合できる言語なんです。だから逆に言うと普通の人には矛盾しているんじゃないかと思われてしまうけど、詩は意図的に矛盾しているものをどうにか一緒にしようとしている場合がありますね。

毛利●“統合”していく、というのは科学者とは逆ですね。科学はあくまで“分析”で、細かく要素に分けていくものですから。

谷川◎科学ではとにかく細かく分割して、素粒子まで行っちゃうわけでしょう? 詩は逆に、素粒子も宇宙も同じひとつじゃないのかと言いたいんです。なかなかその言葉が見つからないんですけど。基本的な精神としては、すべては1である、というところに行きたい。だから、“エロス”っていうのはすごく大事なんですよね、詩の場合。

毛利●“エロス”というのは、もう少し具体的にいうと何ですか? 生きるということですか?

谷川◎生と死もひとつにしたい、ということです。つまり、言語というのは基本的に二元論でしょう。正しいものがあれば不正があり、美があれば醜があり、黒があれば白がある、というように、分割して整理していくことが言語の役割ですよね。そのおかげで、今のわれわれの世界観ができているわけです。けれども、言語が二元論的に分割しているのは、実は“言語内の現実”であって、本来の現実というのは分割できない“1”なんですよね。つまり一人の人間のなかに善もあって悪もある、ひとつのなかに白もあれば黒もあってグレーもある。そうやって存在している現実そのものものに、言語はなかなか肉薄できない。というよりむしろ、言語が本当の現実の存在を覆い隠してしまっている、と僕は見ているんです。だから言語の覆いを外して、そこにあるなまの存在をどうにか提示したい、というのが基本的な考え方ですね。

毛利●詩というのは言語なのに、言語を超えたものを目指しているんですね。科学は矛盾を認めないけど、谷川さんがやられているのは、矛盾を認めながら超えようとする挑戦ですね。

谷川◎不可能なことをやるのが、詩なんです。

毛利●いまのお話、よくわかる気がします。初めて宇宙に行ったとき、地球の青々とした輝くような美しさを見てすごく感動しました。それで地上に帰ってきて、「宇宙はどうでしたか?」「地球はどんなふうに見えましたか?」と聞かれて、それを言葉で表しますよね。そうして何度も何度もインタビューされて同じことを答えていくうちに、あれ、これ本当に宇宙で見たことなんだろうか、と思えてきて。一番最初に発した言葉に拘束されてしまうんです。

谷川◎毛利さんがおっしゃると、すごく実感ありますねぇ。

毛利●自分でインタビューされていて、すごくそれがわかる。時々鋭い新聞記者がいて、全く今まで聞かれたことのない質問で元に戻る、ということがあったりね。

谷川◎昔から「筆舌につくしがたい」という言葉があるわけで、言葉にできない感動を、我々はちゃんと知っているんですよ。

「科学と詩のこれから。」

毛利●「鉄腕アトム」の歌詞を書かれたころと今とでは、科学に対する印象が変わりましたか?

谷川◎当時は30歳くらいで、自分自身も世の中も、科学に対して楽観的だったと思います。今はやっぱりあのころに比べると懐疑的になっているのかな。科学というものが当時とは比較にならないくらい進歩していて、人間の文明文化の支配的な要素になっているのは認めざるを得ないですよね。それが嫌だとか、反科学っていうことは僕は全然ないんですけれど。ただ科学を、人間の広い意味での文化のなかでどういう方向でどういうふうに位置づけていくかは、また科学とは別の考え方や感じ方が必要だから、そこのところをきちんと押さえないとまずいなっていう感じはします。

毛利●あの頃の科学はロボットにしても、目的や役割、善悪がはっきりしていましたよね。今は、科学技術にグレーな部分がたくさんある。たとえば皮膚の細胞から人の身体の機能をつくりだすという技術(iPS細胞)でも、倫理的な善悪など、単純ではないさまざまなものが複雑に絡んでいますし。だからこそ科学技術は、今ようやく文化として扱うことができるのかな、という気はしますね。

谷川◎そうですね。少なくとも文化と文明の境目がどんどんなくなりつつあると思います。

毛利●科学者はどうしても、すべて科学で説明できる、と思いがちです。だから今、科学はまさに行き詰まっている。今まで人類がずっと生きてきた知恵というのは、すべてが説明できるということではなくて、説明はできなくても、生き延びられてきた、これからも生き延びて行く、ということが一番重要であって。人も含めた生命がつながっていく、ということに少しでも貢献していくのが科学であり、芸術であると思うんです。詩は、これからの時代にどのように貢献していくと思われますか?

谷川◎さぁ、どう貢献していくんでしょうねぇ(笑)。科学の進歩と違って、詩を感じる感受性は何千年も変わらないものだと思うから、言葉が少し新しくなっても、基本的な“ポエジー(詩的感覚)”は変わらないんですよ。ただ僕は、言語が世界を変えるとは思っていないけど、詩を含めて、言葉のもっているすごく微細な力、微細なエネルギーみたいなものが、何かのかたちで人間、そして人類全体に作用しているだろうと思っているんです。言葉の力を権力と結びつけてスローガンにするのは良くないけど、それよりも毎日の家族同士の会話とか、我々が詩を書くこととか、そういうところに、必ず何か言語の波動的な、微細なエネルギーが生まれていて、それが網の目のように世界中を包んでいる、というイメージを僕はもっています。

日本科学未来館館長室にて
(2009年6月3日収録)

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