icon-serease1.jpg     宇宙生命探査 -地球人としての生き方-
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01| 物質が生命となった瞬間
講師: 小林憲正(地球宇宙化学/横浜国立大学)

地球に生命が誕生したのは、およそ40億年前であろうと考えられています。単純な物質から複雑な物質へ化学的に進化していった末に、あるとき物質が生命という機能を獲得しました。物質が生命となった瞬間とは、どのようなものだったのでしょうか? 星のかけらから私たちが生まれた、その意味を考えます。

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講師の研究

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化学の観点から生命の起源に迫る
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「我々はどこから来て、どこへ行くのだろうか」。誰もが抱くこの問いに、これまで多くの科学者達が挑み続けてきました。ここ数年日本では、“地球および地球外での生命の起源・進化・分布・未来”の研究を対象とする「アストロバイオロジー」研究にさまざまな分野の研究者が集い、にわかに盛り上がりをみせています。国内のアストロバイオロジーを牽引する小林憲正氏(横浜国立大学)は、化学のアプローチで生命の起源と地球外生命の可能性に迫る研究者です。

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生命起源の謎を実験によって検証する

生命の起源に迫る研究は、世紀を越えて数多くなされてきました。古代哲学者のアリストテレスは、「生物は、親からのみならず日常の至るところで発生する」とした自然発生説を唱えました。この説は19世紀まで信じられたのですが、生化学者パスツール(1822-95)の実験により、完全否定されます。また、同時代に生物学者ダーウィン(1809-82)は、ビーグル号航海での見聞をもとに、「ある生物種は、他の種から進化してできた」とする生物進化論を唱えました。その後、生化学者オパーリン(1894-1980)によって、「生物が進化するならば、その材料となる有機物などの“物質も進化する”はず」という物質の化学進化という考え方が提唱されました。

このように「生命の起源」を科学的に解明する土台が徐々に築かれていったのですが、40億年前の生命誕生の瞬間を目撃することは、タイムマシンでも使わない限りできません。では、科学者といえども仮説を立てることしかできないのでしょうか。これを打破するきっかけとなったのが、1950年代にミラー(1930-)が行った実験でした。原始大気の成分とされるメタン、アンモニア、水素、水の混合気体に火花放電を行ったところ、グリシンやアラニンをはじめとする、5種類のアミノ酸が生じたのです。実際には長い年月をかけて進んだ化学進化を、実験で再現し得ることを示したミラーの実験は、生命起源の科学的な解明の道を拓くこととなったのです。


原始地球の大気を化学的に再現し、生命誕生に迫る

小林氏は、学生時代に出会った写真集『生命の起源(TBSブリタニカ)』に魅せられ、自身の好きな化学と宇宙科学・生命科学の分野をまたぐ研究領域があることを知ったそうです。大学院博士課程修了後には、上記写真集の著者ポナンペルマ(注1)の下で、研究を行う機会も得ました。

小林氏の研究は、単純な物質が複雑な物質へと化学的に進化していった末に、あるとき物質が生命という機能を獲得した瞬間を、実験によって再現するというものです。ミラーの実験により原始地球の環境で、最初の有機物が合成された可能性が指摘されました。しかしその後の研究により、彗星や隕石からアミノ酸が検出され、生命あるいは生命の素となる物質は、地球外から地球へ持ち込まれたものである可能性も指摘されるようになってきました。そこで小林氏は、原始地球だけでなく、宇宙におけるさまざまな場所での、物質の化学進化の可能性を探っています。

ミラーの実験からわかるように、化学進化の現場に必要なのは、物質とエネルギーです。小林氏が注目した場所のひとつが暗黒星雲でした。暗黒星雲は宇宙の塵やガスが集まり、恒星が生み出される場所です。小林氏はそこにある「星間塵」(注2)と呼ばれる氷に覆われた塵を、一酸化炭素やアンモニアを含む氷で模し、宇宙線のエネルギーが与えられるという状況を陽子線の照射で模擬した実験を行いました。すると、種々のアミノ酸前駆体が生じることを発見しました。こうした研究から、生命を構成しているアミノ酸という物質は案外簡単にできてしまうことがわかり、宇宙においてアミノ酸は実にありふれた存在なのではないか、と考えられるようになったのです。また、小林氏は、彗星や隕石が地球に衝突した際の有機物の生成や分解を調べる目的で、レールガンを用いた高速衝突実験も行っています。
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注1 シリル・ポナンペルマ(1923-1994)
光合成研究でノーベル賞を受賞したカルビンのもとで博士号取得後、1980年代のNASAヴァイキング計画(火星探査計画)や月の石の分析などに携わった生化学者。生命の起源分野の最高賞であるオパーリン・メダルの、初の受賞者。
注2 星間塵
宇宙空間で、周囲より物質の密度が高い場所は「星雲」と呼ばれ、星の光を通さない程に高密度の星雲は「暗黒星雲」と呼ばれる。その中心部は、絶対温度10~20度(約マイナス260度)に保たれており、一酸化炭素分子や水素分子等が、微少の塵(星間塵)の周りに凍りついた状態で存在し、アイスマントルと呼ばれている。


地球外生命体の可能性をさぐる

小林氏は化学進化の現場のその他の可能性を求めて、さまざまな天体の環境を化学的に再現する実験も行っています。とりわけ現在注目している研究対象は、土星最大の衛星タイタンです。タイタンには液体のメタン・エタンの湖があり、そこでの生命誕生の可能性を調べないわけにはいかないと言います。

“物質から生命を作るレシピの解明”が、日に日に実現へと近づいているようです。小林氏は、「必要環境さえ整えば、案外生命は簡単に誕生するのではないか」と予想します。とすれば、「どこかで生まれた生命が、宇宙を旅している可能性はないのか?」と、地球生命の材料が宇宙からきたとするパンスペルミア説の検証を目的に、近年は国内共同チームによる「たんぽぽ計画」(注3)にも携わっています。早ければ2012年にも、国際宇宙ステーションにおける微生物採集を通じて、地球から宇宙に脱出した生命の存在等を検証する予定です。ここでの成果は、いつしか地球外生命を発見した際、その存在が地球由来のものであるか否かの判断材料になり得ます。
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注3 たんぽぽ計画LinkIcon
細菌などの微生物が、タンポポの綿毛のように宇宙空間を漂いながら、地球にたどり着いたり、逆に地球から宇宙に旅立ったりする可能性をさぐる計画。国際宇宙ステーション上で塵を採集し、そこに含まれる微生物や生命材料となり得る有機化合物の分析を行い、それらの天体間移動の可能性の検討を行う。東京薬科大、横浜国立大、筑波大、千葉大、大阪大、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、産業技術総合研究所などの多くの機関が共同で関わっている。


今、アストロバイオロジー研究のネットワークが拡大している

「地球人としての答えは見つかりましたか?」との問いに対して小林氏は、「まだ見つからないですね。見つけるために研究しているのかもしれません」と応えます。
「研究人生の中で為し遂げたいことは?」の問いには、「フラスコの中で合成した有機物の中に、我々がまだ知らない生命の機能があることに気づくことができたら嬉しいですね。例えば、酵素のような触媒分子です」と言います。我々の生命現象の多くは、多種多様な酵素による触媒反応によって支えられています。いつしか地球外生命の生存が明らかになったとき、我々は生命の持つその知られざる存在様式や生命現象を理解することを通じて、生命観を改めることになるのでしょう。

アストロバイオロジーの目標について小林氏は、「地球外生命の探求を通じて、地球生命である自分をよりよく知ることにあります」と語り、「生命の多様性を改めて見出しながら、人類はそれぞれの価値観を改めて認め合えると良いですね」と期待を込めます。

近年、化学・生物学・生命科学・宇宙物理学・惑星科学・天文学等、多岐の分野にわたる研究者のネットワーク(注4)が国内で初めて発足しました。アストロバイオロジー研究を通して、「人間あるいは地球が、宇宙の中心ではない」ことが次々に明かされ、私たちは新しい生命観・世界観へと誘われるでしょう。その時、宇宙における生命体として、何を考え、何を感じ、どのような道を歩むのでしょうか。「地球人としての生き方」を考えていきたいと思います。(執筆=寺田雅美)
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注4 日本アストロバイオロジー・ネットワークLinkIcon
アストロバイオロジーに関連した団体および興味を持つ個人により構成される連絡ネットワーク。関連情報の共有、シンポジウムやワークショップなどの会合開催を目的とし、2009年1月結成。今後、国際的なアストロバイオロジーのネットワークとの連携を深めていく予定。


p11.jpgこばやし・けんせい
1954年愛知県生まれ。82年東京大学大学院理学研究科博士課程修了。同年、米国メリーランド大学化学進化研究所にて、生体関連分子の起源に関する研究に従事。その後、横浜国立大学工学部講師を経て、2003年から横浜国立大学大学院教授として、日本のアストロバイオロジー(宇宙生命学)研究を牽引している。

関連リンク
LinkIcon小林憲正研究室

講義ノート

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“物質が生命となった瞬間”をさぐる研究
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地球上の生命は、いつ、どのような環境で、いかにして誕生したのでしょうか? その謎に対し、古代の哲学者アリストテレス以来、様々な人々が自説を唱え、研究や実験を行ってきました。生命のしくみの解明と歩調をあわせ、現在では、実験室で物質をかけあわせてエネルギーを与え、生命の素をつくり出そうというアプローチも進んでいます。小林先生の講義をもとに、先人達の歩みから最先端の研究までを辿ってみましょう。

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地球上の生命の起源をめぐっては、かつて、3つの説がありました。

【その1】 哲学者アリストテレス(ギリシャ 前384 - 前322)の「自然発生説」。
生命は、泥や露、ゴミなどの無生物から自然に発生したとする説。
この世界観は、19世紀半ばにパストゥールが否定するまで、2000年以上続きました。

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【その2】 S.アレニウス(スウェーデン 1859-1927)による「パンスペルミア説」。
地球生命の起源である生命の胚種は、地球外から飛んできたとする説。

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【その3】 A.オパーリン(ロシア 1894-1980)とJ.B.S.ホールデン(イギリス 1892-1980)が、 ほぼ同じ頃に唱えた「化学進化仮説」。
原始地球を構成する無機物から、生命の起源である有機物が化学反応によって生まれたとする説。

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【衝撃的実験】 1953年、ユーリー=ミラーの実験が「化学進化仮説」を実証。
当時大学院生だったスタンリー・ミラーは、師ハロルド・ユーリーの説をもとに実験を行い、化学進化仮説の実証に近づくためのアミノ酸の生成に成功しました。

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【化学進化説+パンスペルミア説】 化学パンスペルミア説は、生命の材料となる有機物が宇宙から運ばれたとする説。
宇宙で化学反応により生成した有機物が、宇宙塵、隕石、彗星などによって地球に運ばれ、地球で更に化学進化が進み生命が生まれた可能性がある、と考えられています。

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【小林氏の実験1】 小林氏も新しいシナリオを検証するための実験を行いました。
そのひとつが、「宇宙塵を模した有機物合成実験」です。

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【小林氏の生命起源説】 小林氏は上記の実験および、原始地球大気を模した実験(二酸化炭素・一酸化炭素・窒素混合物に陽子を照射すると複雑有機物が簡単に生成された)結果から、「がらくたワールド」説を提案しています。
「がらくたワールド」説とは、まず星間でつくられた複雑有機物が、隕石や彗星によって地球の原始海洋に届けられます。一方原始大気中でも、宇宙線の作用などによって複雑有機物がつくられます。初めは役に立たなかったそれら「がらくた分子」は、海底熱水系でつくられた原始細胞状構造体(袋)に取り込まれ、やがて最初の生命が生まれた、とする説です。
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【宇宙での探査】 宇宙では、生命の材料となる複雑有機物の探査が進んでいます。
ターゲットは、火星、木星の衛星エウロパ、土星の衛星タイタンとエンケラドス。
地球外生命の存在に迫ろうと、水、有機物、エネルギーの存在を探っています。

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【小林氏の実験2】 小林氏は、タイタンの環境条件を実験室内で再現し、生命誕生につながる有機化合物を生成する「模擬タイタン大気(窒素、メタン混合気体)への陽子線照射実験」を行いました。
地球や、もしいるとすれば火星やエウロパの生命にとっての生命活動の要(かなめ)は水ですが、この実験では、メタンを要とする知られざる生命の可能性に迫っています。

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未来設計のための会議報告

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講師の小林憲正氏のお話(「講師の研究」「講義ノート」参照)の後、会場の参加者に2つの問いを投げかけながら“地球人としての生き方”について議論しました。会議のまとめを、寺田雅美と池辺靖が報告します!

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開催日: 2010年5月22日
参加者の人数: 53名
科学コミュニケーター(SC): 寺田雅美、池辺靖

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Q1私たちは星のかけらからできたという話は、腑に落ちましたか?

私たちは星のかけら?地球も、私たち地球生命も、もともとは、宇宙空間に漂う塵でした。塵が集まり、太陽と地球が生まれ、生命の素となるアミノ酸も生まれました。そして、地球上で化学進化を経て生命になったと考えられる、と小林先生はお話くださいました。このように、物質が進化した末に生命になったという考え方が、現在、生命の起源をさぐる研究の基本となっていますが、このような考え方にあなたは納得できるでしょうか?
A1.
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考察
今回の参加者のうち、実に7割が「腑に落ちた」「納得した」と答えました。一方、「腑に落ちない」という方も少なからずいました。「アミノ酸のような有機物から、生命という非常に複雑なシステムが生まれるとは、全く想像できない」という意見や、「そもそも、生命とは何か?」「物質がどのようにして意志を持つようになるのか?」など、生命の本質に関わる疑問が出されました。実際、アミノ酸などの有機物から、どうやってバクテリアのような一個の生物個体へ進化するかの道筋は、謎のままです。物質が化学進化の末に、個を形成して意志を持つ存在となる、そのプロセスの全解明に向けた小林先生の今後の研究にも、参加者の期待が集まりました。


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Q2もし宇宙生命と出会ったとしたら、学ぶことはあると思いますか?
学ぶことはあると思いますか?小林先生の話では、生命の素となるアミノ酸は宇宙ではごくありふれた存在であることが示されました。地球のような環境が他にもたくさんあったとしたら、宇宙は生命で満ちあふれているのかもしれません。どんな生命体かは皆目見当がつきませんが、宇宙生命と出会ったら、何か学ぶことができるのでしょうか?


A2.
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考察
参加者からは、「さまざまなレベルの色々なことを宇宙生命から学びたい」という主旨の、多くの意見が出されました。「宇宙生命がたとえ微生物のような単純な生物であったとしても、その生命の持つ仕組みや、進化の方法を解明し、地球生命と比較することで、地球生命ひいては私たち人間をよりよく理解することができるのではないか」という意見が出されました。これはまさに、アストロバイオロジーの目的そのものであると、小林先生も大きく頷いていました。
また、知的生命体と話すことができたら聞きたいこととして、「争いが無く皆が平和に暮らせる方法について」「文明を長続きさせることを、どのように成功させたのか」などが挙げられ、私たち地球人類の抱える悩みを解く鍵を、他の知的生命体から学べるのではないかという期待が話されました。さらに、「彼らの文化、世界観や価値観とはどのようなものなのかを知りたい」という意見も出されました。「地球人類の抱える最大の問題」を宇宙人はどう考えるのか、「地球人類の常識は宇宙の常識から見るとどのように捉えらえられるのか」などの話も出て、宇宙視点で私たち人類のことを相対化して考え、議論する場となりました。



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Q3:「地球人としての生き方」の答えは見つかりましたか?
以上のような議論を経て、参加者それぞれが考える「地球人としての生き方」を提出してもらいました。
A3.
・地球あっての自分だ
・他の宇宙生命体とお互いに学び合える地球人でありたい
・私は宇宙の一部だ
・広い宇宙の一員だ
・全人類がコミュニケーションを取れるようになってはじめて私たちは地球人となる
・人類が原因で、地球生命を絶やしてはならない
・地球では未だに紛争がたえない。これからは地球人として生きるのではなく、宇宙人として生きる時代なのではないか
・争いのない、すべての生き物が幸せに暮らせる世界に
・コペルニクス的転換の概念を更に広げる
・愛で満たされた世の中をつくる
・地球人自身で文明の寿命を延ばす方法を見つけるべきだ
・宇宙生命に会うためにも、人類を絶やさないことが大切だ
・とりあえず、地球環境破壊を止めよう。人口抑制
・私も宇宙人です
・生命はそれぞれ、他の生命の恩恵で生きていけるのです
・生存を保障する限られた環境を守る必要がある
・生命誕生から30億年経過している間に、生命が地球環境を変えてきた面があるとしたら、それが今後の人間の生き方を決めていくことになると思う
・人口問題が未来にとっての最重要課題
・地球がながく研究できるような立派な星でなくてはならない
・生き物を大切にして地球を長持ちさせるような生き方
・地球人は宇宙の中心ではないと考えるのは大事だ
・生物の生息する環境を保護する
・何事も地球単位で物事を考えられるようになるべき
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宇宙生命探査-地球人としての生き方-