インタープリターの最先端研究施設訪問記
 

タンパク質のなめらかな動きで探る遺伝子の働き

溝部 鈴

「暗い部屋に帰ってきてスイッチ探す時、手を壁に滑らせながら探しますよね?それと同じように体の中のタンパク質は細胞の膜を滑るように相手を探すんです。」と語るのは白川昌宏先生(横浜市立大学教授:2005年1月より京都大学教授)。「タンパク質はそれ自体が生命体のよう。まるで生きているかのように滑らかにかたちを変化させます。」白川先生は、タンパク質の柔らかな振る舞いに着目し、遺伝子だけでは捉えきれない生命の不思議をタンパク質の構造から解明しようとしています。
"遺伝子の違いが個体差を生む"という事実が広く知られるようになりました。お酒に弱い、太りやすいといった個体差は遺伝子の違いによるもの。その違いはヒト同士で僅かに0.1 %。ほんの少しの違いが体質や外見に大きな変化を与えます。だから遺伝子を調べると、病気になる可能性がわかったり、親子鑑定ができたり、ここ数年のゲノム研究の成果は、着々と社会を変化させています。しかし最近の研究によって、遺伝子だけでは生命活動を語りきれないことを示す現象が見られるようになってきました。例えば、クローン猫の模様が違っていたり、クローン羊が巨大化したり、全く同じ遺伝情報を持っているクローンにも個性を与えるこれらの興味深い現象は、研究者の注目を集めています。その中で白川先生が着目しているのは、ゲノムインプリンティング。親から子へ引き継がれる情報は遺伝子だけではない事を示すこの現象に、それに関わるタンパク質の動きからアプローチしています。

ほ乳類では、新しい生命の誕生に、父親と母親が必要です。子は、父母両方の遺伝子を半分ずつ受け継ぎます。つまり同じ遺伝子を父親由来、母親由来で2つ持つことになり、それらのどちらかが働きます。例えば、目は母親似、鼻は父親似というようにそれぞれが少しずつ違う個体となるのです。そして、この原則に外れるのがゲノムインプリンティングです。「インプリンティング」とは「刷り込み」という意味。親から受け継がれる遺伝情報に刷り込まれるのは父親由来か、母親由来かという記憶です。ここでは必ず父親の遺伝子を、ここは母親からの遺伝子をというように、記憶を頼りに働き方を決める遺伝子が約20年前に発見されました。これらの遺伝子には“しるし”が付けられており、遺伝子の情報を維持したまま、働き方だけを変化させる複雑な仕組みをもっています。このシステムが正常に働かない場合、子は正常に成長することが出来ない場合もあるという、ほ乳類にとっては重要な仕組みのようです。白川先生は、“しるし”をもとに働きがコントロールされるとき、小さな世界では何が起っているのかをお話されました。
しるしを見つけ、鍵をかけるタンパク質の構造。
左手のような形でDNAをつかみ、しるしを探り当てます。 (画像提供:白川昌宏氏)

「DNAにつけられた"しるし"は生命活動の働き手であるタンパク質の一種によって見つけられます。そのタンパク質のかたちはまるで小さな左手。DNAのひもを指の腹でなぞるように探ります。"しるし"が見つからなければ手を離し、見つかれば他の分子と協力して、強く鍵をかけてしまいます。鍵のかかった遺伝子はその鍵がはずされるまで働くことが出来ません。」
核の中で、遺伝子とそれに付けられた“しるし”をかたちで読むタンパク質。人の体にも似た様々なかたちのタンパク質がなめらかに動く様子を想像すると、多様な生物の神秘も納得できるような気がします。
父と母、どちらが欠けても生命の誕生は有り得ない、その誕生のしくみを裏付ける現象がゲノムンプリンティングかもしれません。さらには、このしるしが一世代でリセットされたり、父親由来の遺伝子が子育てに関係していたりすることも知られています。神様がいるに違いないと思ってしまうような生物界にあふれている不思議な現象を探るには遺伝子の情報だけでは十分ではないようです。細胞のなかで動きまわるたくさんのタンパク質たち、小さな世界を覗いて生命の神秘を感じられる先生を少し羨ましく感じた講演でした。

  御講演された白川昌宏先生。

横浜市立大学大学院総合理学研究科教授 (2004年講演当時)
2005年1月より京都大学大学院工学研究科教授。

タンパク質や核酸のX線・NMRによる立体構造解析を通してその機能を研究している。


<< 戻る    


  (C) 2005 NATIONAL MUSEUM OF EMERGING SCIENCE AND INNOVATION