インタープリターの最先端研究施設訪問記
 

青木 紀恵 実験をあじわう〜研究現場にて〜

実験工房スタッフ 青木 紀恵

「わしの抗体にこんなんくっついたんで食べたんやけど」「あんたの抗体、役に立ちそうや、どんどん作ってーや」・・・これは一体、誰の会話でしょう? 実は、河本宏先生の講義の中に登場するT細胞とB細胞の会話です。T細胞やB細胞といった‘リンパ球’は、免疫システムで活躍する血球細胞のこと。本格的な実験にはじめて接する参加者に、テキスト中のリンパ球が自分の機能について、関西弁で語りかけます。
高校生以上を対象とした1時間20分のプログラム。講義室に入ると、後方には白衣とスリッパがずらり。着席した参加者30名は皆、神妙な面持ちで次の指示を待っています。私も一受講者として、研究者が一般の方にどのように研究の現場を見せるのか、一般の方とは少し違った視点も持たねば!などと肩肘を張って河本先生の第一声を待っていると…。
 
講義用テキストの1ページ
そこに冒頭のリンパ球たちの会話です。配布されたテキストには、フローサイトメーターの原理や解析データの読み方にまじって、関西テイストのT細胞B細胞がイラストで登場します。私達も真剣にグラフを読み取ったりしたかと思えば、今度は笑いをこらえたりと、最初の神妙さは一体どこへ?!

今回のイベントのように、一般の方々が現在進行中の研究現場に足を踏み入れ、しかも日常接することのない実験機器と実験材料が準備され、それを体験するということは、まだまだ貴重な機会です。実験工房でも「本物」を体験することに重点を置いていますが、研究現場の臨場感にまで迫ることは容易ではありません。最先端の科学をいかに有意義な体験として一人一人の心に刻めるか…。実験工房においてプログラムを開発する際に、留意する点のひとつは、所要時間の設定です。一般の方を対象に実験を体験していただくとなると、それなりに長い時間が必要となります。器具を扱う練習などを含めた、実験を慌てずに行えるだけの十分な時間を想定するのはなかなか難しいのです。設定時間の予想的中率は経験を重ねると上がってきますが、今回は研究チームにとって初めての試み。ピペットやシリンジなど実験器具の操作に手間取ったり、会場の移動があったりと予想以上の時間がかかったのではないでしょうか。

そんな中でスタッフの技は光ります。細胞溶液に、手際よくマイクロピペッターで抗体を加えて準備は完了です。実験はいよいよ佳境へ。試料を装置にセットすると、直ちにカウンターが何百何千とリンパ球を判別したことを示していきます。数値を眺めながら、分子の世界に挑んでいる研究者の思いをジワジワと感じている私たち。そこにフローサイトメーター開発者が一言…「一台、2,500万円です。興味のある方はご家庭にもどうぞ(笑顔)」。参加者同士、思わず顔を見合わせて笑ってしまいました。
細胞を染め分ける溶液(標識抗体)を
試料に加える


最先端の研究を興味深く伝えられるかどうかには、伝える側の気持ちが大きく反映してきます。私自身講師を務める中で、科学は楽しい、不思議だなと感じていただこうという思いが、講義中にいつのまにか「理解」してもらおうという意識の方に流れていき、単にかたくなってしまいます。これは逆に理解からも遠ざかっていくようです。自分を棚に上げて正直に言うと、研究者が一般の方を対象に研究の話をする場合、研究者しか楽しくない場合が多く見受けられます。しかしここでは講義・実験ともに、スタッフと参加者がそれぞれにプログラムを楽しんでおり、両者が楽しめるプログラムこそ最も有益な効果を上げる内容になることをあらためて実感しました。また有益な効果とは、科学への興味を喚起して自分の好きな科学と出会えること、それだけでなく、正しい情報を理解し生活の中で物事を自分で判断していく力を得ることだと考えます。
参加者として、また実験教室を開発するスタッフとして、この興奮を実験工房に持ち帰り、さらに多くの来館者の皆様に広げられたらと思います。貴重な機会をつくってくださった免疫発生研究チームのスタッフの皆様に深く感謝いたします。
結果観察
フローサイトメーター(左)とデータを解析するコンピュータ(右)。右は解説をされる河本先生

河本先生ご自身の声を聞いてみたいと強く思いインタビューをお願いしたところ、快諾してくださいました。この体験イベントが無事終了した1ヵ月後、先生は何を感じていらっしゃるのでしょう・・・。

「一般公開日には約1000人がご来場されました。そのうち500人がアンケートに回答してくださり、その中には当教室が楽しかったとのご感想もあって参加された方々は楽しんでくれたのかなと、客観的に見られました。ただ、当日全体のプログラムの兼ね合いもあって少々駆け足になり、皆様を急かすようなことをしてしまって申しわけなかったです。本当なら2時間くらいかけてゆっくりやりたかった。
この日に向けて、4月から全体会議をしつつ準備を行ってきました。準備段階で悩んだことの一つは、会場の決定でした。装置を動かすわけにもいかず、かといって装置の近くに皆で実験を行える部屋もなかったのです。しかし検討をしているうちに、レトロウィルスも扱えるP2レベルの実験室に入っていただくのもいい機会かもしれないという考えに至りました。テキストは自分で作成しました。もともと漫画やイラストを描くのが好きなので、拙い絵でもオリジナルなものを自分たちで作りたかった。教科書や雑誌から引用するとかたい感じになりますし、全部自分たちで作れば、著作権も問題にならず今後も自由に使えます。
河本 宏先生
河本 宏先生
教室で班長を務めたスタッフたちも、本来の研究業務とは異なりますが、メッシュ作成など細々とした内職的作業に取り組んでいくうちに楽しくなり、当日も一生懸命に実験をする参加者の皆さんを見て、普段ない経験をして楽しんだ様子でした。今回多くの来場者がいらして、他のチームメンバーもこのようなイベントの大切さを感じたようです。
我々の進めている免疫に関する研究は、世界的にみて先端をいくものです。免疫というのは、もともと私たちの体の中に備わっている力です。よって、薬など外部の物質に頼るのではなく本来の自分の体の免疫力をコントロールできるようにすることが、これからの時代の流れとしてやってくると思います。免疫力のコントロールがゆくゆくは病気の治療などに役立ちます。そのためにも免疫学の基礎的な内容についての理解は欠かせませんし、自分が持っている力・免疫について、皆さんにも伝えていきたいです。
研究の喜びを感じるのは、ちょっと格好つけて言わせてもらえば、誰も知らないことを自分がはじめて知ったときです。新しいことがわかった時が嬉しい。ただそれだけでなく、自分の研究の応用性、臨床への還元も常に考えます。
今日はこれから、研究チームのメンバーと実験結果について話し合い、それについてアドバイスをしたり論文を書いたりする予定です。自分ももっともっと実験をがんばらないと!」

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