インタープリターの最先端研究施設訪問記
 

岡野麻衣子 理研横浜研究所ってどんなところ?

岡野 麻衣子

私たちの日常生活の中で、様々なバイオサイエンスの言葉を耳にする機会が多くなりました。特に最近のトピックスとしては「国際ヒトゲノムプロジェクト終了宣言」です。日米欧など6カ国が協力して、人間の設計図にあたるヒトゲノム(全遺伝配列)を完全に解読した、と宣言したのです。特に21番染色体解析は日本がリーダーシップをとり大きく貢献しました。日本のゲノム解析は、理化学研究所で行われました。その、日本の基礎科学分野で最先端の研究を行っている理研横浜研究所を毛利衛館長とともに訪問しました。

研究所と聞くと少し古めかしくて薄暗いイメージをもっていたのですが、この理研横浜研究所は清潔感あふれる白くて新しい建物でした。そして、なんといっても広い!この建物の一体どこに研究室があるのかな?と思うほどに整然としています。ゲノム解析やタンパク質構造解析の分野で日本最先端の研究室は、どのような様子なのでしょうか?今回見学しました、4つの研究室を紹介します。

初めに向かったのは、東研究棟9階の開放系温室です。ここでは、特にシロイヌナズナ等のモデル植物を中心に解析を行っています。ここの研究室の高橋秀樹チームリーダーにお話を伺いました。「地球上で植物は動くことをせず、根をはっていながら環境に適して生き、そして私たちはそれを食べて生きています。この地球上で植物を解析し、知ることが生命の基本を知ることにつながります。植物を通して地球というものを正しく理解することができるのではないか?と考えています。」とおっしゃっていました。植物から人間を探ること、そして地球までをも知ろうという、研究者の想いが伝わってきました。 高橋秀樹チームリーダー,毛利館長

東研究棟タイピング支援室 次に東研究棟タイピング支援室を見学しました。ここでは生活習慣病の関連遺伝子(病気のかかりやすさを決めている遺伝子)と薬の応答性に関係する遺伝子の検索を行っています。近年、生活習慣病には、10-20の複数の遺伝的要因が組み合わさって関与していることがわかってきました。遺伝情報はDNAの塩基配列によって書かれていますが、遺伝情報は全ての人が同じではなく、個人ごとに違っている部分があります。この個人ごとの塩基配列の違いを「遺伝子多型」と呼んでおり、1塩基の違いをSNP(Single Nucleotide Polymorphism、1塩基多型)といいます。遺伝子の"異常"ではなく"個人差程度の違い"が、どの塩基のタイプかを判定することをタイピングといいます。

ここでは生活習慣病を引き起こすあるいは薬剤応答性に関連する遺伝子の検索を目的とし、大量のゲノムDNAサンプルを患者群と対照群に分けて、ゲノム全域にわたる10万カ所のSNPについて解析しています。大変膨大なサンプル量ですが、なんと、世界最速、1日45万サンプル、そして年間1億サンプルというタイピングを行っているのです。まず、この研究室の扉を開けますと、これが研究現場かな?と驚いてしまうほどおびただしい数の機械とその稼動音です。まるで大きな工場といった感じで、スタッフの方が作業を行っていました。大量生産を行うお弁当屋さんのように、献立のアイデアは、ブレーンである研究者が決め、その作られたお総菜を上手に手早く詰めていくような作業をここのスタッフの方が行う...正直これが研究かな?と思いましたが、'お弁当詰め'のプロ30人の方達がいてこそ、確かな品質と安定した量、そして実績を生むわけです。欠かせない現場のスタッフなのです。まだ誰も目にしたことのない未知のデーターを、最初に目にするのです!その瞬間を思いますと、何とも言えない魅惑的な興奮が湧き上がりました。最先端の解析データーも、まず'現場'で生まれているのです。

次は、同様に遺伝子を解析している研究室であるP2レベルの研究棟を見学しました。このフロアは遺伝子組換え体を扱うため、隔離されています。私たちも少し緊張しつつ、白衣に着替え、靴も履き替えました。全フロアガラス張りの様子は、まるで水族館さながらです。ここではDNAの塩基配列の決定(シーケンス)を行っています。シーケンスを行う装置は理研仕様の'RISA-01'(島津製作所と共同開発)で、フロアに30台あり、短時間に大量のDNAのシーケンスを行うことができます。廊下から中をのぞき込み、ふとあるものに目が止まりました。扇風機です。電圧がかかって熱を持つと電気泳動がうまく行かず、DNAの分離が悪くなってしまいます。そこで、冷却する為に扇風機を用いているのです。最先端の機械が並んでいるデジタルな中で、扇風機がついているアナログな様子に、親近感を覚えました。

最後に見学したのが、建物自体とても変わった形をしている西NMR棟です。ここでは、タンパク質の水溶液中での構造解析を行う装置NMRが20台(中央NMR棟も合わせると約40台)もあります。実際に遺伝子がどんな機能をもっているのか働きを知るためには、生理機能を調節しているタンパク質の解析を行うことが重要なのですが、このNMRを用いてタンパク質の基本構造解析を行っています。タンパク質の構造解析を行うことにより、新薬の開発の時間短縮や創薬に関する研究費の低コスト化を図ることができ非常に期待されているのです。現在では、世界13カ国協力のもとタンパク質立体構造解析の大規模なプロジェクトが進行中です。このプロジェクトは、ここ理研が中心となり日本が提唱したのです。プロジェクトの規模もそうですが、なんといってもNMR装置の姿、形そしてNMR装置部屋のネーミングにかなりのセンスを感じました。必見です。
今回の理化学研究所訪問を通して私が感じたことが二つあります。日本の基礎科学研究にあたるゲノム、タンパク質の解析は、世界レベルでもトップクラスに位置すること、そして、そこで携わっている多くの研究者や技術者に支えられている、ということです。
ゲノムからタンパク質の解析そしてタンパク質の発現という一連の流れが、各研究室連携により、タイトに行われています。今後私達個人に合わせた新薬の開発や医療に大きく貢献することでしょう。
この生命科学の発展において、忘れてはならないのが、工学的分野での科学技術の進歩です。皆さんの中でも、物理と生物は全然違う分野だ、とイメージしている方はいませんか?私もそのひとりでした。しかし、この理研の研究室見学を通して'何かを知りたい'という欲求は、イメージやカテゴリー、ジャンルを超えて同じであり、その熱意こそが研究者を支えていることを切実に感じました。工学技術と生命科学、それぞれが密接に結びつくことで相乗効果が生まれ、更なる進歩をとげるのです。今後もこの日本が誇る最先端の工学技術および生命科学技術に期待したいです。


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