“科学”とひとくちに言っても、すでに確立して揺るぎないニュートンの法則から、異論続出の最先端仮説まで、そのありようはさまざまです。だから、私たちと科学の関係や、私たちと科学をつなぐものの姿も、なかなかとらえどころがなく、一筋縄では行きません。そんな混沌を少しでも見通し良くするために、科学とは何なのか、科学の鏡を社会に向けるとどう映るのか、みなさんと一緒に考えてみたいと思います。

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#09-2:浦沢直樹(漫画家)

2009年11月18日

アトムの先に訪れる未来を夢見て(後半)

2.jpg 現在の科学技術の位置を、独自の視点から語る浦沢氏。「本気になればアトムもドラえもんもつくれるはず」という風潮に厳しく異を唱える。 そしてお話は浦沢氏の創作の秘密へ。共有感、エンターテインメント、ひねくれもの……。これらのキーワードから、新しい時代のつくりかたが見えてくるかもしれない。 (文=内田麻理香、撮影=邑口京一郎)
思い浮かんだものを漫画化する技術?
佐倉

次の世代といわず、今の僕らの世代にとっても面白い科学技術があっていいと思うんですよ。浦沢さんの期待する科学技術って、具体的にはどんなものでしょうか。

浦沢

これからの科学は、人の脳のファジーな部分に入っていくんじゃないかと思います。そういう意味で例えば、漫画をつくる技術。そもそも漫画の成り立ちって、「こんな夢見たんだ」というのを人に伝えることじゃないかな。言葉だとなかなか伝わらないけど、絵に描けば頭のなかのイメージをさっと出せる。これが「漫画」として発展していったと思うんです。で、絵が苦手な人でもこの「こんな夢を見たんだ」が表現できるツールがあったら、よりいっそう漫画という表現を広げる可能性がある。だって、漫画って読んでいるほうも楽しいけど、描いているほうはその何倍も楽しいんですから。

佐倉

そうなんですか? 相当苦しみながら描いていらっしゃるのかと思っていました。

浦沢

こんな楽しいことないですよ! 漫画家という職業は、映画でいえば、監督、俳優、演技、美術、照明、カメラ、脚本などの総合力をもちながら、なおかつ絵がうまくなければいけない。すさまじい条件をクリアしないとなれないものなんです。でも、それらを一瞬にしてクリアできるツールがあったら……。

佐倉

ATR(国際電気通信基礎技術研究所)という研究所が、fMRIという装置で、図形を見ているときの脳の信号をとりだして、画像として復元するという技術を開発したんですよね(注2)。これが進むと、まさに浦沢さんが今言われた、イメージしていること、考えていることを映像化するというのも可能になるかもしれません。

浦沢

漫画家としてのテクニックをもっていない人でも、頭のなかではものすごく面白いことを考えているかもしれないですからね。例えば、僕と長年共同制作をしている長崎尚志さん。彼はすごく面白いことを思いつくけど、絵が下手なの(笑)。だけど、二人で打ち合わせして彼のイメージが僕に伝わることで、長崎さんにとっての「まさにそういう感じ」が、より面白い姿で表現できる。つまり、僕みたいな道具を実現するってことですね。

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佐倉

そんな技術ができると、怖いといえば怖いけれども……。

浦沢

ここまで科学技術が発達してくると、本当にそこまでいきかねないですよね。だって科学者が「やりたい」と思ったら、たいてい実現しちゃうじゃないですか。

佐倉

漫画家・浦沢直樹としてはどうでしょう? もし仮にそんなものができたら、さびしいってことはありませんか?

浦沢

僕としてはほっといてくれ、って感じです(笑)。大きなお世話だ、商売の妨害でしかない!(笑)

不可能を知ってこそ、夢が描ける
浦沢

『20世紀少年』の映画の最終章で、漫画にも出てくる二足歩行の巨大ロボットをCG化してみたんです。あの大きなロボットの足がA点からB点に移動する時の回転速度たるや……もう、ありえない速さで(笑)。だからあんな大きなロボットを現実に二足歩行させるのは、「やっぱり、できないじゃん!」ってわかりました(笑)。無理なことが多いはずなんですよね、人間をまねしてつくるということは。そもそも人間がどれだけ偶然の産物でできあがっているか。“人間をつくる”ことがどれほど“できない”ことか。それをわかってもらわないと。

佐倉

そうそう。生物の細胞をたった一個つくるだけでも、ものすごく大変で、全然実現できないんです。科学者もいけないですよね、なんでもできるって宣伝しますから。

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浦沢

できる、できる、だけじゃなくて、できないことをおさらいしておかないと。ほんとに素人はなめてかかりますから。「できるんでしょ?」って(笑)。漫画でも、「この一コマを描くのに3日かかってる」と言うと、「信じられない」って。でも、そんな細かい絵を数時間で描けるわけないじゃないですか!

佐倉

本当に何かをきちんとやったことのある人なら、そのくらいの労力と時間がかかっていることを類推できると思うんですけどね。それくらいの想像力ははたらかせてほしい気もする。

浦沢

ただ何にせよ、ある製品というのは、「素人に簡単に使ってもらう」という目的でつくられますよね。何も考えなくても、このボタンさえ押せばあなたのしたいことができます、と。そのせいで、素人はなめてしまうのかもしれません。

佐倉

浦沢さんは漫画を描くなかで、一見簡単そうに見えることが実は大変だということを日々実感しているから、科学技術に関しても同じように想像力がはたらくんじゃないでしょうか。

浦沢

ええ。でも大変なんだろうと思う反面、僕は現在のコンピュータに対しても「ボタン一つでもっと何でもできるようにならないかな。オレに手間ひまかけさせるなよ!」とも要求してしまうんですが(笑)。

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佐倉

今、科学技術は万能と思われすぎているんですよね。そこまで期待されても困るということがよくあります。脳科学と社会の関係についての研究プロジェクトをやっているんですが、マーケティングの専門家や学校の先生に「脳科学でなんでもわかるんですよね?」と言われたり(笑)。「ビジネスや教育については、あなたのほうがよくご存じじゃないですか!」と答えるんですが。

浦沢

やっぱりそれは、科学技術が進みすぎて、未知の領域が広がりすぎるからこそ、でてくる現象だと思うんです。本気になったら「鉄腕アトム」や「ドラえもん」もつくれるんでしょ、という雰囲気が蔓延しているように思えます。だから科学者は「できるんでしょ?」って聞かれたら、「できない!」と答えればいい。つまり不可能を教えるべきなんです。そして、できないところからその次の夢をめぐらせる。できないからこそ夢があるんですから。

佐倉

本当にそうですね。何でもできると思われているから、逆に夢が描けなくなっているのかもしれない。

浦沢

『20世紀少年』には、まさにその夢のない感じを突き詰めた、というところがあるんですよ。

佐倉

大人になったケンヂとオッチョが2人で、「僕らの夢が現実になると こんなものか」と呟いている場面がありましたね。ここはもう、次の世代の科学技術に夢を与えるために、浦沢さんには不可能を徹底的に描いてもらわないと(笑)。

ひねくれものがイノベーションを起こす
佐倉

浦沢さんの作品は世代を超えて読まれていると思うんですが、ご自身でも「お茶の間に受け入れられる漫画」というのを意識されているんですよね。

浦沢

アイディアを練っている段階で、お茶の間に合わないこと、不謹慎なことは全部思いついているんですよ(笑)。暴走して好き放題でいいなら、いくらでも描けるんです。でも「それはないだろう」というのは却下していきます。多くの世代が共有できるものを出したいという思いで、ハンドルを切ったりブレーキをかけたりすることは多いですね。ちゃんとお茶の間という場所で、おじいちゃん、おばあちゃんから孫までがまわし読みをできる状態にして届けたいんです。

佐倉

そういう思いが土台にあるのは、なぜなんですか?

浦沢

僕らの子供時代、テレビはちゃぶ台がある部屋にあって、家族みんなで見ていたものですよね。それが今では一人一人の部屋にある。ピンクレディーの曲は家族みんなが知っていたけど、今は若い人たちが聴いている曲を、年配の人は知らない。だから僕の漫画はなるべくお年寄りから子どもまでが共有できるかたちにして、「あれ面白いよね」と会話できるようにしたいんです。

佐倉

今は漫画に限らずいろいろな分野で、世代ごとに分類されているものだらけですからね。

浦沢

以前の“共有感”みたいなものをとり戻したい。そもそも、人と人はわかり合えないものなんですが、たまには、ね。みんなで「あれ面白いよね」とやるのもいいんじゃないのかな。

佐倉

でも、全世代をターゲットにするっていうのは、一番ハードルが高いものづくりだなあ。頭のなかに溢れてくるアイディアにうまくブレーキをかけて、誰もが楽しめるようにもっていく。そこのブレーキのかけ方、というか制御の仕方が才能なんでしょうね。科学技術の世界でもそんなプロデューサーが必要だと思います。

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浦沢

今、ブレーキをかけないで自分の世界を突き詰めることがアーティスティックだと思われがちですよね。でも、僕は「そのアバンギャルドな、前衛芸術みたいな感じはもう古い!」と言いたい。今の世代ではエンターテインメントであるほうが最先端だと思っています。

佐倉

そういう時代の最先端をつくりだすイノベーターであるためには、どんな資質が必要だと思われますか?

浦沢

まあ、ひねくれもんですね(笑)。斜に構えてものを見る人。素直な子はだめでしょう。あとは、ユーモア。すべてを笑いに昇華できるような感覚です。みんなが深刻になっているときに、一人でクスクス笑っているような不謹慎なやつかな。

佐倉

科学技術を外から見ておもしろいものにするには、そういうイノベーター気質の人を仲間にとりこんでいく必要があるのかな。

浦沢

でも基本的には、そういうヤツは性格が悪い(笑)。だいたいジョン・レノンとかボブ・ディランとか、きっと性格悪いですよ。裏側からモノを見過ぎていますから。

佐倉

たしかに、その時代の主流でうまくいっている人は、イノベーションをする必要がないんだから、当然ですよね。既存の枠のなかではうまくいっていない人がイノベーションをする。科学者でも、ニュートンとかアインシュタインとか、相当ひねくれものだったらしいですね。まあ、そういう天才は教育制度なんか関係なしに大きな仕事をするんでしょうから、細かいことはあれこれ言わずに、これからの新しい科学技術の枠組みを作っていくイノベーターが出現することを待ちましょう。

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2006 (C) NATIONAL MUSEUM OF EMERGING SCIENCE AND INNOVATION