“科学”とひとくちに言っても、すでに確立して揺るぎないニュートンの法則から、異論続出の最先端仮説まで、そのありようはさまざまです。だから、私たちと科学の関係や、私たちと科学をつなぐものの姿も、なかなかとらえどころがなく、一筋縄では行きません。そんな混沌を少しでも見通し良くするために、科学とは何なのか、科学の鏡を社会に向けるとどう映るのか、みなさんと一緒に考えてみたいと思います。

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#08-1:牛場潤一(生命情報学者)

2009年4月21日

真理を導きだすプロセスは、すべての学問に共通だ(前半)

2.jpg 脳波によって「セカンドライフ」内の人物を動かす?! 脳研究の分野でいま大きな注目を集めるBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)。その中でも、脳とネット上の仮想空間をつなぎ、例えば足の不自由な人がアバターに身を置き換え、走りを体験できるようにする。そんな個性的な研究を行うのが今回のゲスト、牛場潤一氏だ。大学を拠点に、情報科学、生命科学、医学をまたにかけた領域を独自に開発する牛場氏に、科学研究と科学教育への思いを聞いた。 (撮影=邑口京一郎)

うしば・じゅんいち
1978年生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了、博士(工学)。専門は神経科学、リハビリテーション工学。現在、同大学理工学部生命情報学科および医学部リハビリテーション医学教室、月が瀬リハビリテーションセンターで専任講師を務める

少年時代の鮮烈な記憶
佐倉

牛場さんは文系一家のご出身なんですよね。お父様はフランス文学の先生でお母様はフランス語の先生。おばあさま(注1)もフランス文学の翻訳家で。

牛場

はい、コテコテの文系です。子どものころはワインが入って食卓が盛り上がると、祖父がフランス人ということもあり、大人の会話はフランス語なんてこともあって(笑)。

佐倉

そんな家で育った牛場少年がどうして理工学部の先生になられたのか、今の牛場さんの研究スタイルはどのように育まれたのか、というあたりを今日はお聞きしたいと思います。牛場さんは脳科学とリハビリ医療を融合するような研究をされているんですよね。

牛場

ええ。最近では、身体が麻痺している患者さんの脳の活動をBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス:注2)で読みとって、患者さんの体の代わりにコンピュータ上のバーチャルなキャラクターを動かすような装置の開発もしています。

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佐倉

子どものころから理科系の方面に興味があったんですか?

牛場

最初の興味はコンピュータですね。小学校のとき、放課後にコンピュータを使えるサークルがあって、友達に誘われて行ったんです。ゲームのようなものを作って遊んでいただけなんですが、コンピュータに考えさせて、判断させて、画面に表示させて……とやっていると、そのうちコンピュータがインテリジェンスをもっているように見えてきた。それで幼心にも、「インテリジェンスのアーキテクチャ(基本設計)って何だろう」と。

佐倉

人工知能の問題に触れたわけだ。

牛場

そうです。それで、中学、高校と勉強して、人工知能や生命の問題が多少わかってくると、コンピュータと人間の脳は、外見のふるまいは似ていても中身は全然違うんじゃないかと素人ながら感じるようになった。それで次は本物の脳の動きのほうに関心が移っていきました。一方で、障害をもっている友達がいて、脳や神経の一部を損傷した方が苦労されているのを見て、リハビリテーションにも興味をもち始めたんですね。それで脳科学に根ざしたリハビリテーションや、その介護用の道具が開発できたら面白いんじゃないか——そんなことを考えて理工学部のなかの医工学の研究室に入っていったという経緯です。

佐倉

じゃあ文系一家からの影響はあまり受けなかったんですか。
牛場 直接的にはなかったかもしれませんね。両親からはこれを読めだとか、ほとんど言われたことはなくて、ただ好きなことをやれと。

佐倉

理数系の勉強は得意でした?

牛場

いえ、全然。数学なんていつも落第点ギリギリで。国語のほうがずっと得意でしたね。今でも理数系は苦手意識がすごくあります。数学も物理も問題を解くのが苦手で……。

佐倉

え、でも今は理工学部の先生(笑)。

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牛場

はい(笑)。ふり返ってみると、小中学校時代に、第一線で研究されている科学者のお話を聞く機会が何度もあって、僕の場合、そこから科学に対するモチベーションをもらった気がするんです。小学校に大学の先生が話しに来られたり、企業の子ども向けイベントに参加して科学者の講義を受けたり……。その先生方のことが鮮烈に記憶に残っています。御子柴克彦先生(注3)なんて話しているうちに熱中して、「これはこんなにすごいんだよー!」と、もう、つばを飛ばさんばかりの大迫力。ちょっと言葉がよくないですが、いい歳をした大人が(笑)、子どもみたいに目を輝かせて、顔を真っ赤にして。圧倒されましたね。でも何だか格好いいんですよ。科学って大人をここまで熱中させるものなのかと。「自分もこんなふうにワクワクできることをやりたいなあ」と素直に思いました。

佐倉
なるほどやっぱり生身の人のインパクトは強いわけですよね。
牛場

子どもには先端の研究はわからないという人もいますが——もちろん式なんかはわからないかもしれないけれど、ロジックが通っているかとか、学問って何なのかみたいなのって、伝わると思うんですよね。

注1:牛場氏の祖母

牛場氏の祖母はボーヴォワールの翻訳やサルトルとの交遊で知られる翻訳家の朝吹登水子氏(1917-2005)

注2:BMI

Brain-machine Interface。脳と機械をつないで相互に作用させるシステム。脳の活動情報を電気信号として読みとることで、人の考えていることを解析し、コンピュータを介した外部装置を動かしたり、逆にコンピュータの情報を脳に入力したりする

注3:御子柴克彦

1945年生まれ。理化学研究所脳科学総合研究センター・グループディレクター、東京大学名誉教授

環境不適応から新しい学問が生まれる
佐倉

逆に今、牛場さんが熱心に小中学校に授業をしに行ってますよね。

牛場

ええ、かなり引き受けています。頼まれたらほとんど断らない。

佐倉

どんなことを教えてるんですか。

牛場

慶應の中学校だと毎年7回シリーズで、脳神経科学やBMIの講義をして、その後、筋活動センサやロボットハンドを製作したりしています。自分自身のことを考えると、科学への興味ももちろんですが、こういう場で何かを作ったり、いろんな分野の発想を知ったり、アンテナを張ったりした経験を人一倍したことが今の研究に生きていると思うんです。

佐倉

確かに牛場さんの研究者としての立ち位置は、あるひとつの特定分野のスペシャリストというよりは、理・工・医と、複数の分野にまたがってますよね。

牛場

ええ、でもそれは自分の能力の問題でもあるんですよ。さっき理数系が苦手という話をしましたが、たとえばコンピュータサイエンスをやりたいけれど、そのために直接必要になる数学の能力が低いというコンプレックスがあります。そうすると、ジェネラリスト的な強みを出して勝負せざるを得ない。

佐倉

じゃあ、かなり意識的にそういう研究の手法をとってらっしゃるわけですね。

牛場

はい。いつも考えていたのは、工学だけなら工学のスペシャリストのほうが圧倒的に知識をもっているし、生理学なら医学部の先生のほうが専門家。自分みたいな中途半端なポジションの人間が必要とされるのは、それぞれの成果をどうやってまとめあげるかという部分だと思うんです。それができないと自分の立ち位置がないぞという自覚があって、何と何を融合すると新しい価値ができるのかというのは、大学生のころからずっと考えてましたね。

佐倉

なるほどなるほど。逆に言うと、牛場さんのようなジェネラリスト的な視野をもっている人——企画力があったり国語のほうが得意だったりという(笑)、普通の理工系研究者とは違うタイプの先生が理工学部にいるのは、現在のように専門化が進んでしまった時代に俯瞰したり異分野と架橋したりするためにも、すごくいいことですよね。数学や物理の専門家はそもそも理工学部にたくさんいるわけだし。

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牛場

そうかもしれません。小学校や中学校に教えに行くと、理科や数学に苦手意識をもってうつうつとしている子がいるんですよ。でも話してみると、意外と面白いことを考えていたりする。最初から理数科目が好きな子は放っておいても伸びるでしょう。でもむしろそうじゃない子たちのなかに、実はポテンシャルをもってる子がいて、新しい何かをつくる力を秘めてるんじゃないか。そういう子にきっかけを提供できたら、という思いで授業を引き受けているところがあるんです。

佐倉

生物の進化を考えると、環境に適応していないものの方が新しい性質を進化させたり、新しいニッチを切りひらいてきたわけですよね。適応しきっていれば、その必要はない。人類もそうです。森という楽園のようなところに住んでいたのが、気候変動で森が少なくなった。チンパンジーはそのまま森に残ったけれど、人類はいわば追い出されたんです。それで新しい環境で生きていくためにあれこれ工夫したのが進化につながった。たぶん学問にも同じような面があるんじゃないかな。あるひとつの専門に特化したところからは、次の新しいものはなかなか出てきにくいんじゃないでしょうか。

牛場

どちらにも価値があるんですよね。僕みたいなやり方と、あるひとつの分野のど真ん中をいくようなやり方。でも何にも惑わされず、脈々と続く研究をひたすら極めていく王道の学問というのも、崇高でかっこいいと思います。

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佐倉

もちろんそういう人がいないと研究の世界は成り立たないですからね。

牛場

そうなんです。で、自分としては、分野を融合して新しい領域をつくることも、それと同じぐらいチャレンジングだし価値があるよってことを伝えたいです。

2006 (C) NATIONAL MUSEUM OF EMERGING SCIENCE AND INNOVATION