博士の資料より

皆の未来に役立つ空間情報科学を求め、
博士たちは6人の研究者に会いにいきました。

File.04 情報を共有して活用する技術1

ローカルな情報共有で シアワセな車社会へ

私はたくさんの情報から、みんなの役に立つ"価値"を生成する装置を開発している。そのひとつが、人の行動情報から歌を生み出す装置「シアワセ」だ。次に自動車の持つ情報を"価値"に変える装置を開発しようと考え、道路交通の情報に詳しい研究者を訪ねた。

2011年某日 株式会社アイ・トランスポート・ラボにて

情報によって人の行動は変わる
博士
先生のご専門はITS(高度道路交通システム)とのことですが、どのようなお考えで研究にあたっているのでしょうか?
堀口
まず、人の行動というのは、情報によって大きく変わるんですね。人が行動する時には、いろんな知識を参考にプランやスケジュールを決めていきますよね。じゃあその際に、どんな情報をどんなタイミングで提供してあげると人は嬉しいのか、あるいは効率的な行動ができるのか、といったことに興味があります。僕は自動車交通を研究してきたので、例えば、道路の渋滞情報ならば、どういうデータを集めて、どういう手順で渋滞を判断し、ドライバーにどういう方式で提供するかという話になります。信号制御のようなシステムの情報も含まれますが、要するに、人が移動するための情報をつくって活用するというのが研究テーマです。
博士
なにか問題意識があったのでしょうか?
堀口
「時間保存の法則」という仮説があって、これはマンモスを追いかけていた原始時代から今日に至るまで、人間が1日の中で移動している時間は、実はあまり変わっていないというものです。人間はある意味、移動することで生きているんですね。だったらそこを少しでも快適にすることをみんな望むでしょう。
博士
なるほど。それはそうですね。
堀口
ただし今の時代、交通渋滞や通勤ラッシュなどがあって、必ずしも快適じゃない。その要因のひとつは、我々のライフスタイルにあるのです。大都市は職住近接ではないので移動が必然です。それなのに皆が同じ時間に、同じ場所に出かけようとするから混雑が起きる。20年前なら道路や電車などのインフラを拡充することで対応できましたが、今はそんなスペースはありませんよね。だったら運用の仕方で良くしていくしかない。その一環で、情報をうまく活用しましょうということになったのです。
交通情報のキャッチボール
博士
今、交通に関する情報はどのように活用されているのでしょうか?
堀口
主要な幹線道路には、渋滞や混雑を検知するセンサーが設置されています。しかし費用の問題から、幹線以外の細かな道路全てに設置できるわけではありません。では、センサーのない道路の情報をいかにして集めるか。この問いから、車そのものをセンサーに見立てるという考えが生まれました。この車は「プローブ(探針)」と呼ばれ、すでに実用化されています。プローブカーのGPS位置データを交通情報センターのサーバに集積し、統計処理をした上で、交通情報として返す仕組みです。
博士
センター型のシステムなんですね。
堀口
はい。ただしこれにも難点があって、第1に多大なシステム費用がかかること、第2にデータのやりとりに通信費用が発生すること。さらに、情報の取得から提供までに10~15分程度のタイムラグが発生することもあります。情報を受け取った時には渋滞が解消していた、ということもありえます。そこで考え出されたのが、「センタレス・プローブ・システム」です。センタレスですから、中央のサーバがありません。
博士
もっと詳しく聞きたいですね。サーバがないのなら、情報はどこから提供されるのですか?
堀口
「車車間通信」といって、車同士で直接情報をやりとりします。自分が向かう先の道路の情報は、自分より前の車、あるいは対向車が知っているわけです。そこで例えば、この先は渋滞しているよ、といった情報を自動的につくり出して、お互いに教え合うのです。情報のキャッチボールですね。無線LANのように費用が発生しない通信方式も使えますし、今その場所で生まれた情報なので、情報の鮮度が高いのです。
価値ある情報を見つけ出せ
博士
つまり、車の動きだけから渋滞情報をつくり出すわけですよね。そんなことが可能なのでしょうか?
堀口
その部分が私の研究テーマなのですが、例えば1台の動きだけで渋滞情報をつくるのは難しいんですね。その車が赤信号で停止したり、コンビニに立ち寄っただけで渋滞情報になってしまうとしたら、それは誤った情報ですよね。では、人に提供するに足る信頼性を持たせるためにはどうしたらいいか。それは、自車も含めて、さまざまな車から受け取った情報を統計処理して、信頼性の高い情報に加工してから利用するというものです。1台が発した情報だけでは信頼できないけど、近隣の車の多くが同種の情報を発したならば信頼性は高い。そうした情報は広く伝達する価値があります。
博士
玉石混交の情報の中から、価値のある情報を見つけ出す技術ですね! そうした情報は蓄積して、あとでみんなで使えるといいのですが。
堀口
情報は蓄積が大事というのは、まさにその通り。ですが、交通情報は現状、十分に蓄積・活用されているとはいえません。情報を効率的に蓄積する仕組みが確立されておらず、例えば、カーナビへの情報配信のために交通情報を集めても、1回使うとそれきりになっているのが実情です。天気予報は、過去何十年ものデータを持っているからこそ予報ができるわけです。交通に関する情報も、集めてほじくり返せばいろんな宝が出てくると思います。過去の資産をきちんと残せていれば、気象予報士のように、交通予報士とか渋滞予報士が出てきてもおかしくない。
情報の地産地消
博士
センター型とセンタレス型は、どのようにすみ分けられていくのでしょう?
堀口
お互いに弱点を補完しながら、連携していくと思います。センターに送るのは、多くの人が必要とする、広い範囲の幹線道路の情報がいいでしょう。逆に、身の周りの細かい道路の情報は、多くの人に知らせても仕方ありませんので、その地域だけで消費する。すなわちセンタレス・プローブが行うのは、情報の地産地消です。地産地消という意味では、渋滞情報だけでなく、スーパーの安売り情報や、駐車場の空き情報といった、ローカルな情報サービスが乗ってくる可能性があります。さらにデータの配信だけでなく、プログラムの配信をできるようにしたいですね。
博士
それはまた、別なビジネスを生み出す可能性がありますね。
堀口
常々感じているのは、ITS分野に参入しようと思っても、システムが巨大すぎて、実際には大企業しか参入できないんです。でもセンタレス・プローブであれば、その上で動くソフトウェアを誰でも作ることができます。地元の小さなソフトウェア会社が、地元のサービスをいろんな人に伝えるためにアプリケーションをつくって、その地域を通る車に配信する。ローカルなiTunesストアのようなものですね。その場所に行かないとアクセスできないけれど、その場所に役に立つアプリケーションが揃っている。
博士
「アナグラ」を飛び出して、先生の話に乗りたくなってきました。
堀口
これまでのITは、空間の制約がなく情報が取れるということが利点だったのですが、一方でそこに行かないと情報を取れないというのも、またひとつの価値観だと思います。
センター型プローブとセンタレスプローブ センター型プローブとセンタレスプローブ

センター型プローブは、通信インフラを使って、交通情報センターとデータをやりとりする。一方、センタレスプローブは、車車間通信を利用して、近隣の車だけでデータの収集から情報の生成、提供までを行う

センタレスプロ-ブで交わされる渋滞情報の例 センタレスプロ-ブで交わされる渋滞情報の例

渋滞が発生すると、近隣の車同士で渋滞情報を生成し、交換する。渋滞情報はバケツリレー式に後続の車に伝わり、交差点の手前にいる車に提供された時に、有効活用される

堀口良太
堀口 良太(ほりぐち りょうた) 株式会社アイ・トランスポート・ラボ主宰。1966年兵庫県生まれ。90年北海道大学大学院工学系研究科精密工学専攻修士課程修了。同年株式会社熊谷組入社。96年東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学専攻博士課程修了。2000年熊谷組を退社し、現在の会社を設立。交通流シミュレーションの開発や、プローブ交通情報処理の研究、センタレスプローブの交通情報処理アルゴリズム開発等を行う。

アイ・トランスポート・ラボ
http://www.i-transportlab.jp
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